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vol.9 0歳にも渡せる、安心の絵具の選び方〈2〉ー絵具選びには、道がある。

 続編だというのに、前回の記事から随分と時間が経ってしまいました。文章を書くのは好きなほうなのですが、コンスタントに書くお仕事の人って、やはりすごいことをしてるんですね…。改めて尊敬します。

 「0歳にも渡せる、安心の絵具の選び方<1>ー知って欲しい、画材の安全」と題した1回目の記事が大変な反響をいただいて驚いたと同時に、今回のnoteは言葉選びにも慎重になり、身の引き締まる思いです。(とか言って、公開後、何回も書き直しをしています。すみません。。。)

絵具を選ぶ、道の探し方

 ところで、絵具が何でできていか、みなさんはご存知ですか?
 私も美大生を目指しているときに、知りました。 基本的にはどんな絵の具も、100円均一に売られているものも大手メーカーのものも、構成材料はほぼ同じです。

 顔料 (色の粉)+ のり(紙などの支持体に定着させるためのもの)
 
 絵具箱の裏を見てみると、面白いですよ。水彩絵具だと、のりは「アラビアガム」というものを使っています。アラビアガムは甘味料として使用されることもあり、お塩と同じように大量摂取しなければ人体に害はないとされています。これらに透明感を抑えるための安定剤を入れたり、安価に仕上げるために品質を損なわずにかさ増しできる材料を入れたりと、各メーカーの目指す特性によって細かく配合が考えられて、絵の具はできています。
 安全性で目を止めなくてはならない一番の材料は、顔料です。はるか昔、絵の具チューブが発明される前のこと、画家たちが絵の具を自分で調合することが普通だった時代は人体に非常に有毒な顔料も使っていました。今では化学技術によって代用できる原材料が開発され、こだわりのある色は自作する作家もいますが、日本の画材屋さんや文房具屋さんで広く販売されるような画材・文房具には、たいていAPマークがつけられています。APマークがついている画材は、人体に有毒な顔料、及びそのほかの原材料は使っていない、と考えて大丈夫です。
 保育園で使う時も、この安全マークがついているものを使うことが最低限のボーダーラインとなります。とはいえ、今やほとんどの画材がAPマークを取得しています。この多くの画材から一体どうやって、小さな子どもたちを使う絵具を選べばいいのでしょうか。

 正直な話、絵具に関してのみですが、私個人的には、APマーク取得済みであればどんな絵具でも、0歳さんと使っても何も人体に問題はない、思っています。
 しかし、現実社会を見渡してみると、世界中の画材メーカーが、保護者さんたちの不安や現場の声をよくリサーチしており、さまざまな趣向を凝らした商品も数多く販売しています。確かに、あらゆる面において利便性の高い画材であることが、使ってみてよくわかりました。こんなに便利であるならば、保育のプロたちが集まる場において取り入れない手はない、と考えを改めたほどです。ただ、使用者の画材への知識不足を逆手に取った戦略でもあることが、時にあります。ここは私としても、なかなか焦ったい所です。

 このようなことを色々と考えた結果、当初は具体的な商品を提示してレビューし、その中で私が大事にしていることを伝えようと考えていたのですが、その前に、私たちなりの選定基準を明らかにする「画材を選ぶ筋道の立て方」について紹介した方が、よほど応用力の高い情報がまとまるのではないか、と思い始めました。

 例えば、0歳児さんも預かる保育園という場でなく、0歳児〜5歳児さんを連れて保護者が積極的に申し込んで来るワークショップであれば「当日は、絵具で汚れても良い服装でお越しください」と書き添えるだけで、洗濯がしやすい絵具を使うかどうかという配慮は、さほど優先順位として重要ではないわけです。それよりも、絵具の色数を増やすだとか、乾燥後も発色の良い絵具メーカーを選ぶとか、そのプログラムに応じた画材たちのセレクトをすべきでしょう。
 このように、本来「この絵具を使うかどうか」というのは、状況によって常時見直されなくてはならないものです。なぜこの道具を使うのか、説明できなくてはなりません。特に私のように、教育・保育の場で専門家を名乗るのならば。

1~2歳クラス。
手に持つのは、残りわずかなターレンス「アムステルダム アクリリックカラー」

 今回は「0〜1歳さんと安心して遊べる絵具」という、実際に保育園で私たちが検討した設定を用いて、どうやって私がリピートしている愛用絵具たちに出会ったのかを順を追って考えを書き示すとともに、「0〜1歳さん」と「安心して遊べる絵具」とは「どんな特性を備えていると望ましいのか」について、分析するところまで明らかにしていきます。

どんな画材も、選択の分岐点は同じ

  私が受け持つ全てのワークショップにおいて、使う画材や素材を選ぶときには、必ず確認する事項が3つあります。
それは

1,  【対象者】 どの年齢の、どういう特性を持つ子どもたちが使うのか
2,  【ねらい・願い】何を体験してほしいか

1、2の条件を満たした上で、次に考えるのが

3,  【今後の展開】制作物をどのように活用するか

です。

 子どもたちと制作した体験を、どのような形で、誰とシェアしたいのかによって、画材を決める前に、支持体(描くことを支えてくれる物。紙、キャンパス、布、ビニール、などのこと。)を決めなくてはなりません。シェアしたい人は、子どもたち、保護者さんたち、保育者、もしかしたら、地域の人たち、ということもあるかもしれません。
 例えば、布に描けば、その後の保存が紙より長くできますし、畳んで保存もできます。年に一度の行事で繰り返し使ったり、丈夫にできるので飾り方にも可能性が広がり、多くの人の目に触れることができます。また布を使った道具に作り替えたりすることもできるでしょう。長く使える道具にできるのは思い出を作品に込めることができ、イベントやワークショップではとても喜ばれます。そのためには洗っても落ちない絵具を選ぶ必要がありますが「布用絵具」という商品に限らず、向いている画材もあります。
 ビニール製のものに描くと、背景が透けるので、室内を彩るように掲示・展示するのに向いています。自然光が制作物にさすと美しく、訪れる人は「これ、どうしたんですか?」と声をかけずには、きっといられません。しかしビニール製に描ける画材もまた限られています。

 こうした知識は、その画材を使って確かめないと分からないことです。某コスメ掲示板のような口コミを交換できる場もないので、これを世の保育士さんたちが毎回行うのは時間とお金がかかり、ハードルの高い仕事になってくるのは目に見えています。アトリエスタという仕事はこのようなときに現場のお役に立てると思いますし、もっと広まって欲しいです。私の書くnoteが、お子さんとの過ごし方や、保育士さんたちの助力に少しでもなれば幸いです。

 イベント的なワークショップでは、基本この3つを確認することから始まりますが、保育現場で用いるための画材選びとなると、もう一つ、確認することがあります。

4,  【関係性】(画材の専門家ではない)保育者からでも、保護者に説明しやすい材料かどうか

 この「説明のしやすさ」は概ね2つがポイントになると思います。ひとつは、画材の安全性の説明、もうひとつは、保護者が引き継ぐアフターケアの説明、です。
 これらを画材や表現活動の専門家ではない保育士さんからでも、自信を持って保護者さんに伝えられなくてはいけません。それが保護者さんの協力を得て、ゆくゆくの活動を円滑に膨らませることにつながるからです。

 前回の記事にも書きましたが、保育園児の洗濯物量は、働く親たちにとって負担であることは否めない多さです。芸術士としては若干の不満のある画材でも、洗濯しやすさ、体の洗いやすさ、育児・家事のしやすさといったアフターケアの面を優先して、私的苦渋の決断(笑)に至ることは、往々にしてあります。けれどもこれは必要な配慮であり、大事な選択基準です。
 安全性については、前回の記事に詳しく書いたので、ぜひ参考にしていただければと思います。

 こうした保護者さんの不安を取り除くためには、選ぶ画材で配慮の心を示すだけでなく、活動の有意義さを伝えていくことも大切です。「この活動によって、子どもたちにどんなポジティブな効果があるのか」を、写真、テキスト、そして子どもたちの制作物で伝える活動(ドキュメンテーション)がそれに値します。一枚の写真と、ひとつの制作物で、保護者さんの不安や育児の疲れがいっぺんに吹き飛ぶこともあれば、地道なコミュニケーションの積み重ねが実を結ぶ時もあります。
 このテーマだけで、ひとつの記事が書けるほど濃い話になるのでまたの機会にしたいと思いますが、全ては、真剣に遊びと向き合って目を輝かせた子どもたちが、帰宅後に、お父さんお母さんからも「楽しかったんだね!よかったね〜〜〜〜!!」と心から言ってもらえるように。もうほんと、これに尽きるんです。子どもたちの姿をしっかり正しく伝えることは、私の仕事において最も大切な使命です。

 アフターケアのしやすさについて、これは保護者さんのためだけではなく、結果的に保育士さんお仕事をスムーズに移行させることに繋がり、園にとってもストレスを減らせることができます。
 1,どんな子どもたちに、2,何を体験して欲しいのか、によって、そのお掃除や養生は必要かどうかが吟味されるのです。

まとめると

1,  【対象者】 どの年齢の、どういう特性を持つ子どもたちが使うのか
2,  【ねらい・願い】何を体験してほしいか
そのうえで、
3,  【今後の展開】制作物をどのように活用するか
4,  【関係性】(画材の専門家ではない)保育者からでも、保護者に説明しやすい材料かどうか

というのが、画材を選ぶ時に通る、考える道順(ルート)となります。

実際に、道のりを考えてみる。

0〜1歳クラス、2回目の絵の具。まだまだ、慎重に触りに行く。

 それでは上記4つの条件を明らかにして、0〜1歳さんと使用する絵の具を具体的に考えてみましょう。
 環境は保育園、大人の見守りと補佐のための十分な人数が確保できる、という前提です。

1,【対象者】
 保育園の0〜1歳のクラス、おそらく初めて絵の具に触るであろう子どもたち5〜10名ほど。まだあらゆるものを口に入れるでしょう。人数が多いので、コスパも重視したいです。

2,【ねらい・願い】
 子ども一人一人によって細々とはありますが、まずは「初めまして」にじっくり出会ってもらうこと(ねらい・願い)です。常に安心できる環境を整えながら、未知の素材との出会いの場を、子どもたちに提供することを、携わる大人チームの第一目標に据えます。
 0〜1歳の子どもは、全身を使って”情報”を察知します。目で、耳で、手で、足で、口で、舌で、頬で、背中で、お腹で、感じ方を確かめて、それが何か、を調べています。賢いですね。そうした「感じる時間」を、大人主導ではなく、彼ら自身のペースで行えることを目指します。

 1と2から考えて、移動はハイハイが主流の人たちなので、床に大きめの紙を敷くセッティングにします。体を動かし、ゆっくり出会える環境を整えます。絵の具は素材として色と質感が味わいどころになるので、そのバリエーションが豊かに用意できるものが望ましいです。
 このように、1と2の条件を明らかにすることで、環境設定も具体的になっていきます。

 支持体が ”紙” であれば、園内掲示の飾りに使ったり、他の学年の子どもたちに切り分けて工作材料にしたりと加工もしやすく、それによって経験を振り返ったり、周りに伝えたりするきっかけに使えます。入手もしやすく、身近な素材です。 3,【今後の展開】の見通しが立ちました。

 4,【関係性】に関しては、安全性とアフターケアを考慮して、紙に描くことのできる水性画材、加えて掃除のしやすいものであれば、保護者はもちろん、保育士の負担も軽くなります。
 
 これらの条件をクリアしつつ、彼らにちょうどいい刺激を与えてあげられる画材は、どんなものだろう?

 こうやって、私の画材選びの道のりは、スタートするのです。

 今回はこのような分析を展開しましたが、きっと何か少しのことが違えば、また違う画材を選択する可能性が出てくるでしょう。
 次回はいよいよ、いや次回こそは!保育士さんたちとたくさん話し合って辿り着いた画材たちを、ご紹介したいと思います。下書きができているので、公開は早いかと....。

いい後ろ姿。


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