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すべての者は兄弟になる?第九を聴いた日~海辺へ続く石畳


息子が

「ピアノやらないの!」

と言って地団駄踏みます。

またかぁ、たくもー。

「やるまで寝ない。泣いてもごねてもいい。
気が済んだら言ってくれ」

そうやって放っておいて30分ほど、諦めがついたのかぺたんとピアノの前に座りました。

「お、やるか?」

と声をかけると

「あっち行け!」

「え?じゃあここで聞くよ」
(少し離れたところに座る)

「ちがう!もっとあっち行け!」

言われるままに、脱衣所まで追いやられてしまいました。

「そこで聞いて!」

あ、ここで聞くのね、はいはい。

ママが横にいない方がいいのか、ちゃんと上手に弾けてます。
うんうん、できるじゃんか。
脱衣所で体育座りしながら聞いていると息子がドカドカドカと走ってきて

「一人で弾けたよ」

と得意そう。
その時息子が練習していたのがこれです。

よろこびのうた

すごいなぁ!歓喜の歌が一人で弾けるのなんて!
ママも小学生の頃、サントリーホールに第九を聴きに行ったんだよ!

ついでと思ってYouTubeで検索してみると
佐渡豊指揮の第九があがってるじゃありませんか。
これだよ、君の弾いてるのは。

息子は初めて聞く大合唱に驚いたようです。
合唱に合わせておもちゃのピアノをたたきます。(ズレてんだけどね)
そうかぁ、子供でもなんだか凄いぞというのはわかるらしい。
何がどうすごいかなんて言わなくてもいい。
それよりも前に一緒に弾きたい嬉しい気持ちが湧き上がってくる。
だって歓喜の歌だもん。

その後も何度も繰り返し聞いて
字幕を読めというので、それも何度も読み上げて
私も読むのが上手くなったような気がします。
声に出して読むといいよね。
歌ったら、きっともっといいんだろうな!

な、わかったろ?
君のやっていることはこんなところへ続いているんだよ。
こんなところまで続いているんだ。
ママが君をサントリーホールへ連れてってあげるよ。
生で第九を聴きに行こうよ。
もう少し大きくなったら、必ずね。

だから、なぁ、覚えておいてくれよ。
君がピアノを辞めてしまったとしても
4歳の君は小さな部屋のおもちゃのピアノで、
歓喜の歌を弾いたんだ。

弾いたんだよ。


第九の魔力

息子が寝静まった後、
一人で第九を聴いてみました。

子供の頃、「今年の年末は第九を聞きに行くよ」と言われた私は

だいく?
大工の歌か?

なんて思っていました。

私が座ったのはステージの右斜め後ろのあたりの席で
オーケストラの顔ではなくて、つむじが見えます。
「眠くなったら寝てもいいんだよ」と言われていたので、中盤にはすっかり寝入ってしまったのですが、第四楽章の大合唱に跳ね起きました。
眠気もすっかり覚めて、どぉん!どぉん!とお腹を叩く音圧に驚きました。

手脚に力が戻ってくる。
心が強くなってくる。

かつて聞いた第九はとにかくエネルギッシュでわくわくしましたが、
今改めて聴くと、なんだかかたじけないような気になって、
目頭が熱くなります。
日本人の私には、天空にいらっしゃる父なる神のことはよくわからないけれど、
それでも自然のうちの何ごとのおわしますに見捨てられなかったことを有難く思って泣きたくなってくる。
それに
天を巡る壮麗な軌道に体を預けたり
2000年かけて地球を一回りする深海の海流に寝たり
自分という個を溶かしてしまいたくなるような衝動に駆られる。

第九にはそんな魔力があるようです。

すべての者は兄弟になる、か。

美しいものを、
「キレイだね」
「ね」
と言い合えるほんとうの友達がいたら
これほどの歓びはないでしょう。
自然と別れてしまう前、
私にもそんなほんとうの友達がいたのかな。
何をするにも一緒で悲しい時は慰めてくれた。
キレイなものを見つけて振り返るといつもそこで待っていてくれた。
そんな友達が。

息子を見ているとそんな気がしてきます。
まぁ彼の場合は、あくなき戦いごっこの好敵手ですが。
今日も目には見えないライバルとの戦いに明け暮れています。

「私とほんとうの友達になりませんか?」
「みんなで抱き合い声を合わせませんか?」
こんなことを言ったら、変な人と思われそう。
令和の時代は個を尊重する時代なので、
私はあなたとは違う、と
ピシャリとやられるかしら。

誰かにとってほんとうの友達になる
そんなこと生身の人間にかなうだろうかと思ってみても
いや、もしかしたらひょっとして
なんて諦めきれない自分もいる。

「あなたがまさに私だったのね」
「そうか俺はお前だったのか」

と、一度くらいは出会いたい。
この世界でただ一人の友達に
千切れた魂のかたわれに

第九を聴けば、
天上の神殿も
薔薇の小道も
確かにありそうに思えてくる。
みんなで肩を叩きあう場所もきっとある。

あぁ、こんなに美しい音楽を作ったのが人間だなんて!
虫でなくて本当によかった。


美しさを敷き詰めて

それからというもの息子が第九を練習するときには歌詞も一緒に読むようになりました。

わざわざ作りました

「体が炎でいっぱいになるとはどういうことか」
「楽園の乙女とはなんだ」
「万人とはだれか」
と息子に度々突っ込まれ、こうかな、ああかなと考える私の方が生徒のようです。

私の方からもちいさい先生にひとつ聞いてみました。

「歓びとはどんなものか」

「僕はね、ママなんだよ」
「ママは僕なんだよ」

なるほど、わかるようなわからないような
けど嬉しい気持ちは伝わるよ。

君もいつかママから離れて遠く船出するだろう。
その海辺まで、ママも一緒にいくよ。

そうだな、あらん限りの美しさを敷き詰めて
石畳にして歩いていこう

そうして覚えておいて
4歳の君が
初めて第九を聴いた日のことを。



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