生きる意味を問う

今期のレポート本数、6本。合計文字数25,000字にのぼる。人生でこんなにパソコンをカタカタしたことはない気がする。

そのレポートの中の一つに、「生きる意味を問う」ことをテーマにしたものがある。

授業で学んだのはフランクルという人について。生きる意味を問うということに対して、アウシュビッツでの経験をもとに、フランクルが導き出したのはこのような内容だ。

「自分を中心に置いて、自分が人生を問うべきではない。そうではなく、人生から自分を問い、それにただ耳を傾けることが重要である」

うん、なるほど、、、理解できるようなできないような、、、

ここで問題になるのは道徳教育という輩である。こいつは思ってる以上に手強いようだ。全然思い通りになりそうもない。

学校で子どもを目の前にして、道徳を教えるというのはいったいどういうことなのだろうか。

先生は、教員が「生きた例」になるべきだというが、それは正しいのだろうか。僕の道徳心はいつ養われたのだろうか。どうすれば養われるのだろうか。

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