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フィンランドで言語教育が盛んな理由とは? 政府の取り組みとEdTech スタートアップ | フィンランドEdTech #7

この記事は株式会社BEILリサーチブログにて 2020/8/21 に公開した記事を移行したものです

フィンランドは、人口約500万人の小さな国です。企業も人も、成長するためには早く国際化し、外国のマーケットに出ていかなければなりません。つまりフィンランド人は外国語学習の必要性に迫られていると言えます。また歴史的な背景から、現在もフィンランド語とスウェーデン語を公用語としており、さらに少数派ではありますが、サーミやロシア語を母語とする人々も存在するなど、フィンランド国民の母国語は様々です。

フィンランドで語学教育が盛んな理由として、こうした背景が一般的に知られています。

今回の記事では、フィンランドの言語教育の歴史や、その発展を支えた国全体の政策、地方政府レベルでの取り組み、またEdTechスタートアップの展開についてご紹介します。

今回扱うトピック

・フィンランドの言語教育のあゆみ
・近年の中央政府の言語教育政策
・各地方自治体での取り組み
・スタートアップの動き
・まとめ


フィンランドの言語教育のあゆみ

まずは、フィンランドの言語学習の展開についてご紹介します。

フィンランドにおいて、バイリンガル教育が盛んになり始めたのは、1987年頃からです。現在では、様々な言語の教育プログラムが用意されていますが、当時はスウェーデン語か英語のクラスが大半を占めていました。当時からバイリンガル教育は一般的になっていたものの、ナショナルコアカリキュラム(国による教育カリキュラム)にバイリンガル教育が記載されたのは2004年であり、20年を要しました。

 2012年には、90%の生徒が、第7学年で隣国の母語であるスウェーデン語の学習をスタートしています。一方、フィンランドにはスウェーデン語を母国語とする人々もいますが、彼らのうち90%はより早い段階でフィンランド語を学び始めています。2012年6月の政府が義務教育における国全体の目的を定める中で、第2言語の習得が第7学年から第6学年に引き下げられました。

 2013年には国全体で、地方の教育組織が無料の言語のクラスを立ち上げる際に、補助金を出すことを決定しました。この取り組みを通し、50の言語が教えられ、14000人の生徒がクラスに参加しました。人気があったのは、ロシア語、アラビア語、英語、エストニア後、中国語、スペイン語のクラスでした。また、ソマリやベトナムなど移民の言語も教えられました。

近年の中央政府の言語教育政策

2015年からは、さらに言語学習の多角化が図られました。そのプロジェクトの目的と、施策について紹介します。

言語学習の多角化の契機になった「New Learning Environments and Digital Materials to Comprehensive Schools」という国家プロジェクトがあります。2015年に開始されたこのプロジェクトは、フィンランドの教育を教育方法や教育環境の面から近代化し、学習成果を向上させ、子供達が将来必要なスキルを養う教育に改善することを目的としています。3つのテーマが設定されており、そのうちの一つが言語学習でした。言語に関しては、以下の3点がプロジェクトの目標とされまています。

①より広い範囲でフィンランド教育に早期言語教育を盛り込むこと
②より多様な言語の学習機会を子供達に提供すること
③より意欲的に言語教育に取り組む意識を作ること

特に②に関しては、フィンランド語を第一言語とする生徒の多くが第2言語として英語を選択しており、英語以外の言語の学習機会を担保したいという政府の思惑が反映されているようです。

シラバスは以下のように定められています。異なる母語の人々に対応したカリキュラムであること、学べる外国語の種類が豊富であることが特徴的です。

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(注)A1/B1などは、ヨーロッパ言語共通参照枠における言語の習熟度段階を表しています。

また、政府は義務教育課程における言語教育の学習時間を以下のように定めています。 

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このプロジェクトの中で、国立の教育組織は、既存の教師に対する研修へ特別補助金の給付を行いました。これにより先生が子供達の言語教育を十分にサポートできるようなスキルを身に付けることを目指しています。

各地方自治体での取り組み

中央政府の施策に呼応して、地方の各自治体でも取り組みが進められています。
2017年3月に政府は、各地方における上記プロジェクトの取り組みを支援するため、95の市町村と私立の教育機関に対して、各地方での言語教育推進の実験のために補助金を支給すると発表しました。例えば、以下のようなプロジェクトが補助金の支給対象の実験として挙げられています。

・1年生や2年生のカリキュラムにA1/A2レベルの言語教育を導入する実験。
・6歳以下の子供に対する早期教育や、7歳から15歳の子供達への基礎教育段階において、従来と異なる教育メソッドを用いる実験。
・初歩レベルの生徒であっても言語を使う練習ができる環境を教師間で協力し合い作り上げる実験。
・生徒が義務教育終了時まで選択の言語科目を取り続けることを助けるような仕組みの導入
・学習者の参加を促す学習者中心の学習メソッドや、アクティブラーニングの導入
・言語学習を日常や、生涯学習に結び付けられるような学習
・教育コミュニティ(保護者、学校、第三機関など)全体に早期言語教育の価値の理解を促す取り組みや教育方法の開発
・幼稚園から新しい言語を学習することができる機会があり、その後の基礎教育につながるような言語学習の流れの確立

このアナウンスを受け、2017年の秋学期には40の地方自治体が1年生や2年生のカリキュラムにA1/A2レベルの言語教育を導入したそうです。こうした新しいプロジェクトに取り組む際、学校は生徒の両親とも綿密に関わり合い、プロジェクトの結果が与える変化や言語教育のメリットについて話し、子供達の言語教育を自宅でもサポートするように促しました。

例えば、首都ヘルシンキ市では2018年の秋に、新しい言語プログラムが開始されました。第2言語の学習を全員1年生からに引き下げたのです。英語、スペイン語、フランス語、スウェーデン語、ドイツ語、北サーミ語、ロシア語、エストニア語、中国語の中から選択することができます。

スタートアップの動き

こうした積極的な言語学習機会の創出の政策に呼応する形で、フィンランドでは多くの言語教育関連のEdTechスタートアップが誕生しました。いくつかの代表的なEdTechサービスについてご紹介します。

Reactored

2015年に創業したReactoredは、英語、デンマーク語、スペイン語など合計16言語に対応した言語学習プラットフォームです。AIを活用し、子供達一人ひとりのスタイルに合わせた学習ができるようになっています。また、単語の意味を検索する機能も備えているため、辞書などを併用せずにこのアプリ1つで学習をスムーズに行うことができます。これはReactored独自の教育メソッドとされています。

Reactoredはすでに多くの学校で利用されていますが、その中でもこちらの記事を基に、Karhusuo小学校という学校での活用例をご紹介します。

Karhusuo小学校は、フィンランドの南部に位置し、7歳から12歳まで290人の生徒(フィンランドでは一般的な規模)が通う学校です。この小学校がReactoredの導入を決めた背景には2つの理由があったようです。まず1つ目は、コロナ禍で他者との距離を保った教育環境が必要になり、オンライン教材の活用が広がっていることです。これには学校側のリソースが節約できるという利点もあります。2つ目は、言語学習においてオンラインツールが便利であることです。特にクラス全員の前で言語の発音などを練習することに恥ずかしさを感じてしまう生徒が多い場合、オンライン教材での個別学習はこうした恐怖心や羞恥心を取り払い、より効率的に学習を進められるという点で優れているとされています。

たくさんの言語学習オンライン教材の中でもReactoredに決めた理由について、この学校で英語とドイツ語の授業を担当する教師であるMervi氏のコメントが紹介されています。彼は広告が表示されないこと、ブラウザで作動しアプリのインストールが不要なこと、様々なデバイスで利用可能な事、を上げています。また、テキスト、ビデオ、オーディオなどを使って教員が独自教材を簡単に作成できることも大きな魅力だったようです。

Mervi氏は機能面での利点についてもコメントしています。

彼はまず、16の言語全てでリーディング、ライティング、リスニング、スピーキングの4分野に対応している網羅性を指摘しています。また、スペルチェック機能や、フィードバックの仕組みは、第2言語を学習する生徒や、特別に支援が必要な生徒にとって重要な機能だとしています。

記事では、生徒と教師それぞれの目線からReactoredの利点がまとめられています。実際に利用する生徒たちは、音声認識機能によって教科書やノートを使った筆記スタイルとは異なる方法で勉強ができ、楽しく意欲を持って学習できたようです。また、ユーザーフレンドリーな設計で、教師による指導なしでも子供達が自ら使いこなせることも大きなメリットと言えるでしょう。

また教師の視点からは、生徒の学習状況をモニターできることが大きな魅力となっているようです。生徒の進捗や到達レベルを把握できることで、生徒に適切なサポートを提供できるといいます。また、普段のレッスンのみならず、reactoredを通してテストも簡単に行える点も魅力的だったとされています。

Moomin Language School

Moomin Kanguage Schoolは3-10歳の生徒向けの語学学習サービスで、利用者は27ヵ国、2万人に広がっています。

特色は、言語学者や早期教育の専門家により監修された、ストーリー仕立てのコンテンツです。毎週5-15分の学習で、語彙、文法、発音を学ぶことができます。内容は広範囲に渡っており、900種類以上のコンテンツが用意されています。また、アプリ上だけでなく、毎週、先生や他の生徒と一緒に学ぶグループセッションも開かれています。遊び感覚で、歌やダンス、美術などの相互的なアクティビティを通じて、子供たちはアプリで学んだことを実際の生徒間での会話に遊び感覚で応用できますす。ゲーム感覚楽しめる到達度の確認テストも月に1度提供されています。

このサービスでは、生徒向けに留まらず、教育者向けのツールも提供されています。子供の学習データを分析し、状況に応じて指導案のモデルが自動で提案されるというものです。幼稚園やプレスクール(小学校入学前に通う一年間の教室)、小学校、言語センター、放課後の活動、両親向けにサービスが提供されています。2017年よりNorlandiaや Touhulaというフィンランドの大手デイケアセンターで導入されています。

CEOであり創設者のAnu Guttorm氏は、早期言語教育は子供達の発達に大きな利益をもたらすものだと語っています。一方で、多くの子供達が依然、コストの問題や、良いサービスがみるからないために、言語教育の機会に恵まれずにいるといいます。それを変えるため、Moomin Language Schoolを設立したそうです。

Elias
Eliasは、AIとVUI(ボイスユーザーインターフェース)を用いたヒューマノイドロボットの言語学習サービスで、すでに多くのフィンランド国内の小学校で用いられています。アプリには、経験豊富な現役の教師が作成した、歌やダンスを含む5つのエクササイズが入っています。英語、スペイン語、フィンランド語など20言語以上に対応しており、生徒はエクササイズを通じてロボットと会話しながら言語を習得することができます。ロボットは生徒の学習の成果を分析し、生徒のレベルにあった質問内容に調節してくれます。また、学習方法をより効率化するためのフィードバックを得ることができます。Elias の経営陣には、現役の教師が多く在籍しており、現場の教育者の視点がサービス開発に導入されていると考えられます。

まとめ

冒頭で紹介したように、国の規模が小さいフィンランドでは、母国語以外の言語を学ぶことが重要視されてきました。こうした環境要因を背景とした言語教育は、中央政府の政策やスタートアップのサービス提供によって支えられてきたと言えるでしょう。

政府は第2言語を早期習得することの重要性を認識し、シラバスの改訂や補助金給付政策を実施しました。2017年以降は地方自治体にも取り組みが広がっています。また2020年には、義務教育課程の全学校において、第2言語の学習が1・2年生から開始されることが決まっているなど、今後も早期言語教育を推進する流れは続きそうです。

また、フィンランドの言語教育を支えたもう一つの重要な要素は、EdTechスタートアップです。ご紹介したReactored, Moomin Language Shool, Eliasなど、フィンランドから多くの言語教育サービスは生まれています。言語教育の需要の高さに加え、以前の記事でご紹介したように、産学官の連携で現場の教員や教育工学の専門家がサービス開発に参画していることの影響も考えられます。

早期言語教育の流れは、今日ではフィンランドに留まらず世界的に進んでいます。その中でどのようにフィンランドの言語教育EdTech スタートアップが活躍していくのか、今後も注目する価値がありそうです。


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