猛者たちの狩り場
赤坂の夜の街は、コロナ前の、あるいはそれ以上の活気を取り戻し賑わいを見せていた。
ザ・センチュリオンホテル クラシックという、仮に単語をどれか一つ抜いたところで、名前として成立してしまいそうなホテルの一階にそのバーはあった。
バーの外に置かれたハイテーブル、それを囲む某広告代理店のような人達、その前を行き交う多様な個性を持った多国籍なキャッチの人達。
それらが、赤坂の中心はここだと言わんばかりに主張し合い、それは少し異様に見えた。
店内に入り店員と目が合い、人差し指を立て一人であることを伝えると、中央に配置された大きなO型のカウンターの、入り口を背にしてちょうど12時の席に通された。
時間もちょうど0時を迎えようとしていた。終電が近づき、港区の猛者たちが夏休みの宿題に追われた小学生のような追い込みを見せる。
ある人は電話に出る素振りを見せながら席を立ち時間を引き伸ばそうとしていたり、ある人は明日は平日だけれど俺はワークアズライフだから平日も|休日も関係ないね!
といった具合に少しずつ理論を失い、またある人はさっきまでのカジュアルな会話が無かったかのような、ロマンチックな空気を急に作ろうにも、まわりの"ガヤ"にかき消されたりしていた。
しかし港区のシンデレラたちは思いのほか冷静で、店内の三分の二ほどの客が、淡い匂いだけを残し夜の赤坂に吸い込まれるように消えていった。
店内には試合終了のサイレンが鳴り響き、今まさに|選手たちによる校歌斉唱が始まるかのようだった。
「知多、ソーダで。」
常連でもないのにメニューも見ずにそう注文すると、"チタ・ソーダ"はすぐ手元にやってきた。グラスにびっしりついた水滴がさっきまでの試合の熱気を物語っているようだった。
猛者たちがいなくなり三分の一の草食動物だけとなった店内は、それでも思いのほかうるさく、ウイスキーの氷が溶ける音をリズムにして読み進めるはずが、その音はまわりの_____にかき消されるばかりだった。
店を出る頃には外にいたギャラリー達はいつの間にかいなくなっていて、かわりにテーブルの上には飲み終えたグラスと、池になった水滴が広がっていた。
知多が愛知県にあることを知るのは、もう少しあとになってからだった。
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