見出し画像

フリーランスパティシエになりたいという君に束の間の夢を見させてもらったホワイトデーの話

一流パティシエへの階段をどんどん登っているのに、迷いを感じている男の子と
とっくの昔に夢を捨てて、けれどもやっぱりお菓子が大好きな女の子が
それぞれの想いをちょっとだけ形にできた
あるホワイトデーのお話。

「お菓子教室やってみない?」

都内の秋田料理店。
きりたんぽ鍋と比内地鶏。
もう何合目かもわからない徳利を持つ友人の手が止まった。
ゆるみきっていた空気が、ピンと張りつめた気がした。


尊敬している、けれども嫉妬することも多々あるくらい素晴らしい、大切な大切な友人がいます。
高校卒業後に進学した学校で、共に夢に向かって切磋琢磨した、大事な友人です。

憧れだったパティシエという仕事から早々に離脱してしまった私とは違い、
友人はあれから10年近く経った今でもパティシエを続けていて、国内の主要な大会で賞を取ることもあるほど。

しかし、もはや雲の上の人となってしまった友人にも悩みはあるらしく、

「本当は一人で仕事がしたい。どうやったら一人でパティシエができるのか」
「フリーランスパティシエになれないものか」

などと言うのです。


「もっとこうできないものか…」
「どうしたらこれができるんだ…」
「技術だけじゃなく、理論も学んだり教えたりしたいのに…」

これまでも会うたびに、そんな友人のもがきのようなものを何度も目にしてきました。
そしてその度に私は思いつきの薄っぺらなアドバイスを重ねてきたのです。

「お菓子教室とか、やったらいいじゃん〜」と言ったことも何度かありました。

けれども、今回は何かが違いました。

簡単に言えば、時が来た、ということなのかもしれません。

これまで何年間も同じようなやり取りをしてきたけれど、
これまでは友人のもがきにも、私の意見にも、くっきりとした輪郭のようなものがなかったのだと思います。

けれども今回はそれぞれにしっかりとした輪郭があって、
ぐつぐつと煮えたきりたんぽ鍋の湯気の中で、カチッと重なったような感覚がありました。


「お菓子教室やってみない?」


気がつくと私は、無意識にそう言っていました。


とうの昔にこの世界から逃げ去ってしまった私はもちろん、
一流ホテルで経験を積んだ友人だって、
公の場でお菓子作りを教えた経験もスキルも持ち合わせてはいませんでした。

けれども私たちには、共有できる日々がありました。
来る日も来る日も、一流のお菓子作りをがむしゃらに学び、
時には蹴り飛ばされながら、必死で実習に食らいついた日々が。

私たちの頭の隅っこにこびりついている、何百時間と過ごしたあの講習室の記憶は、
ピカピカに磨き上げられた実習室での緊張感は、
校舎の中に漂う甘い香りは、

そんな、教えられ続けた時間は
私たちが教える自信につなげるには十分すぎるものでした。



「やろう!」

決めたのは、同時でした。

そうして、私たちの初めてのお菓子教室が始まったのです。


決行日は、約1ヶ月後の3月14日。
これまでお菓子づくりをしたことがない、という人も
ホワイトデーのこの日は大切な人に向けて、あるいは自分へのご褒美に
楽しくお菓子を作ってもらえたら。
という気持ちで準備を始めました。

・会場手配
・内容決め
・材料などの調達
・器具機材などの準備、確認
・集客

などなどやることはいろいろあって、これも需要があれば詳しく解説したいくらいなのですが、今回は省きます!

ひとまず、大部分を友人の頑張りによって、当日を迎えることができました。
8名の参加者の皆さんにはとても楽しんでいただけたようで、本当に嬉しかったです。

しかし、一番楽しかったのは多分私だったのだろうと思います。

10代から20代の多くの時間をお菓子に費やし、
夢とやる気が人一倍大きかった私にとって
パティシエを辞めるという選択はとてつもなく大きなものでした。

今、楽しく生きることができているから、まだ傷は小さくて済んでいますが、
それでも自分の中のどこかしらに傷があることは間違いありません。

頑張れなかった不甲斐なさ、情けなさ、申し訳なさ。

そういうものが常に私の中のどこかにあって、
できることなら人生の中で、何かしらお菓子づくりに関わっていきたい
と常々思っていたのです。

「お菓子教室」も、その「何かしら」の選択肢の中にいつも存在していました。


友人は、自分の迷いや悩みや欲望の中に、私を巻き込んでしまったと思ったかもしれません。

けれども、このお菓子教室は私の夢でもあったのです。
いや、もしかしたら、私の方がずっとこのお菓子教室を夢見ていたのかもしれません。

私の方こそ
友人の想いにかこつけて、ちゃっかり自分の夢を叶えただけなんです。

私の夢を叶えてくれた友人に、
何度でもありがとうを伝えたいです。


けれども私は、これを一度だけの夢で終わらせたくはないとも思います。

あわよくばこれからも友人の想いに乗っかって、その先に何があるのか見届けたい。
今日からは、それを夢にしてもいいと思えました。

それくらい、今日という日は充実感にあふれていました。


またいつか、ちぐはぐな2人のお菓子教室がどこかで開かれるかもしれません。
その時はあなたも一緒に、お菓子作りを楽しんでみませんか。

サポートありがとうございます! ライターとしての活動費(取材費・メディア運営費等)に充てさせていただきます。