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企業の失敗プロジェクトに欠けていたのは熱エネルギー

この本は、企業が本来取り組みたかった「プロジェクト」のあり方を教えてくれる。

企業が取り組むプロジェクトの多くがうまく行かないのは、ドラマのように誰かが悪さをしているのでもなければ、試験のように能力が足りないわけでもない。

普通の人間が集まり、全員がよりよい結果を目指してプロジェクトに取り組んでいる。しかし、気がつくと手段が目的化し、投じた労力と資金の割に効果がでないという事態が起きがちだ。

答えを教えないコンサル

住友生命が取り組んだ「営業用タブレットの刷新」というプロジェクトは、多くの企業が失敗しているプロジェクトに欠けている視点を教えてくれる。その手助けをしたのは、ファシリテーション型のコンサルティング会社、ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズである。

ケンブリッジは答えを教えてくれるようなコンサルティング会社ではない。ファシリテーションを通じて、プロジェクトの進め方をガイドするような伴走型の手法を取る。オーナーシップがプロジェクトの成功には欠かせないとして、次第に議論のファシリテーションさえも顧客の社員にゆだねていく。

「次の変革をケンブリッジ抜きでできるのが本当のゴール」と掲げているのだから、そのノウハウの公開ぶりは徹底している。

住友生命のプロジェクトを通じて紹介しているノウハウは、理性と感性の両方をプロジェクト成功に利用しようとしているように読み取れた。「合理的に考えている」と思っている人であっても、人間は感情によって非合理的に振る舞ってしまうという観点に立っているようだ。

主観からプロジェクト全体を俯瞰する難しさ

本書の画期的な点は、立場の違う複数の筆者がそれぞれの視点で時系列にプロジェクトを語っていることだ。住友生命の社員は、最悪だったケンブリッジへの第一印象を生々しく振り返っている。彼らの視点から見れば自信満々のような発言をしているコンサルタントも、本人の視点で書かれた内心では、なんとか理解を得ようと綱渡りのような緊張感で取り組んでいたと吐露しているから、面白い。

プロジェクトで議論し、出された結論だけを見れば、その進め方は遠回りのように見えるかもしれない。しかし、それぞれの主観から描かれた視点では、住友生命の社員たちの意識が変化し、そろっていくのがよく分かる。

「相手の立場に立って考えろ」という教えがあるが、主観で生きる人間にとって真に相手の立場にたった思考など、簡単にできるものではない。それが誰の立場で考えればいいのかすら分からなければ、なおさらだ。

住友生命の社員たちは、様々な仕掛けを通じた上での議論を経て、「自分の役割をこなす」といった個の考えから、「プロジェクトを良いものとして成功させる」という熱量を持ったチームの考えへと変わっていった。

書籍では、合間に挟まれる解説によってケンブリッジの手法や住友生命の取り組んだ工夫などが、なぜ機能したのかを教えてくれる。ストーリーとしての読み応えを優先してか、解説は参考書籍を示した上で最小限に留めているが、いかにしてプロジェクトメンバーの視座を高くしているかがよく分かる。

ドラマよりもドラマチック

本書にはドラマの主人公のような天才は登場しない。魔法のような最新技術も、画期的な発明もない。

ただ、業務に精通した社員たちが、自分ごととしてプロジェクトに取り組んだだけだ。感情さえも合理的に操るノウハウと、成功を引き寄せる工夫を取り込んだプロジェクトは、集団ならではの熱量を持つ。そこに温度はあっても、根性論や精神論が入り込む余地はない。

熱は、合理的な進め方を保つためのエネルギーなのだ。

熱量を持った本気のプロジェクトは、安直な悪役を成敗するようなドラマとは比べ物にならないドラマチックな感動と成長を与えてくれる。

こんなエネルギーに満ちたプロジェクトが世に溢れる未来を願わずには居られない。

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