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カピタンという夢 ~マタドール、セルヒオ・ラモス~ 下編

伝説としての契約

リスボンで伝説となってからは、現役DFとしては比類なき存在となっていく。翌シーズンはCLは準決勝で敗退、リーガも逃してバルセロナの三冠を許すことになるのだがプレー、キャプテンシーともにキャリアの絶頂期に差し掛かっていく。アンチェロッティも「ラモスのような真のリーダーがいれば、組織は非常にプロフェッショナルなる」と語るなど硬い信頼関係で結ばれていたが、結局解任となってしまった。

契約問題が初めてこじれる気配を見せたのもこのシーズンだったと記憶している。マンチェスターユナイテッドの名が取り沙汰されたが、ラモスサイドがマドリーからよりよい条件を引き出すために移籍をちらつかせたのではないかという見方が大半であった。

リスボンのゴールを最大限に活用しようとするところは、誰が相手でも怯むことなく自分の主張を貫くラモスらしさが前回であった。

ジダンとの邂逅、比類なき栄光

翌15-16。カシージャスが孤独な記者会見を経て退団したことにより、正式にカピタンとなった。セビージャからやってきて10年の月日が流れ、遂に夢の1つを叶えることになった。

このころになると、クリスティアーノがいない際はPKやFKを蹴ることも珍しくなくなっていた。他の選手がそれを不満に感じているようにも思えなかったので、周りに有無をいわさない地位を完全に確立したと言える。チームの方はベニテスと全くシンパシーのない時間を経て、ジダンというマドリー史に燦然と輝く巨星を監督として迎え入れることになった。

ジダンはあっという間にスター選手たち、特にラモスやマルセロ、クリスティアーノ、モドリッチといったチームに影響力の大きい選手たちの心を掴んだ。すでにコーチとして参画経験があったこと、練習でみせる圧倒的な技巧が手伝ったことは間違いない。(FKの練習も選手の誰よりもうまかったとされる)神通力のような勝利であれよあれよと勝ち進んだCLの決勝でも先制ゴールにPK戦のキッカーとしても成功。「カルチョのスカラ座」ミラノの地でカピタンとしての初めてのタイトルを早速手に入れた。

その後の栄光は語るべくもない。チャンピオンズリーグとなってから連覇するチームすら存在しなかった中でカーディフ、キエフでの勝利によって3連覇まで成し遂げた。その中でラモスは数多のアタッカーを文字通り「圧殺」してきた。レヴァンドフスキ、イグアイン、エムバペ、議論を呼んだサラー。敵が強力であればあるほど、燃え盛って突っ込んでいく様はまさしく闘牛のようであった。

闘う男との別れ

ジダンの電撃的な退任後、ラモスを中心としたラ・ロハ組は代表で親交のあったロペテギを監督に推薦したと言われている。さらにそのロペテギ監督のチームが不振に陥り解任される直前、後任にイタリアで戦術的に優秀だが、我が強いコンテが取りざたされた際には断固とした意思を示しフロントを牽制している。

「リスペクトとは勝ち取るもので、人から押し付けられるものではない。最終的に最も重要なのはどれだけ戦術に長けているかではなく、ロッカールームのマネジメントができるかどうかだ」

ここにラモスの性格が大いに表れていると思う。自分の権利は自分で勝ち取り、それを守るためには誰が相手でも闘う。相手選手、レフェリー、監督、フロント。それがラ・リーガ史上ダントツのレッドカード数にも示されている。常に誰かと闘うことが、自分自身の原動力となっている部分はモウリーニョにも似ている。クリスティアーノの退団以降は百戦錬磨のマドリーの選手たちですら、ラモスを欠くと精神的に頼りなさそうに見えたのは一度や二度ではない。格下相手には、明らかに手を抜いたり余計なイエローカードを山のようにもらうなど、アンダルシア人らしいムラっ気は最後までなくならかった。だが紳士たれというマドリーの訓示にはそぐわないかもしれないが、その誰にも屈服しない精神力と土壇場での勝負強さは十二分にマドリディスモを体現してきたと言える。

別れに関しては、ラモスの契約延長を強く望んでいたジダンがそもそも退任することになった時点で命運は決したように見えた。あまりにもあっけない終わり方で寂しくはあるが、遅かれ早かれそう遠くない未来にこの時がくることはわかっていたので私自身は今の所落ち着いて状況を受け入れている。

ただ来シーズン、リードを許した試合終盤や、ひりひりするような空気のクラシコ・CLの試合が始まったときに初めてセルヒオ・ラモスという不世出のカピタンの不在を強く感じるのかもしれない。

https://twitter.com/realmadridjapan/status/1042000772664373250?s=20

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