見出し画像

中学の頃、万引きを自慢してきた友達の話

「ほら、見てみな?」
 彼がスクールバッグを開くと、中には恐らく会計前であろうお菓子の箱が入っていた。そうして僕に向かって「お前もどうだ」と言わんばかりのニヤついた顔を見せた。僕は、その顔をただ見ていた。注意するでもなく、無表情にただ見ていただけだった。一緒に万引きをしようという気は、微塵も起きなかった。
「…君は真面目だね」
 友達は、しばらく僕と見合った後に、お菓子の箱を棚に戻した。

 僕の通っていた中学は、いわゆる"荒れた学校"で、校舎内でタバコは吸うわ、ガラスは割るわ、授業は出ないわ、外でも問題を(それこそ万引きなど)起こすわで、やりたい放題の生徒が何人もいた。僕はそんな彼らに呆れと怯えと少しの羨ましさを感じながら、彼らが目指しもしないような進学校に入学するべく、真面目に学校生活を送っていた。
 僕が3年間で唯一した校則違反と言えば、中学2年の頃、当時仲間内で流行っていた「ルービックキューブ」をこっそり持って行ったことが先生にバレて没収されたことくらいだった。

 そういえば、くだんの彼も(仮にA君としよう)、僕のように気弱で真面目な生徒だった。万引きをしてさえ、少なくとも僕の目から見て、A君は本当はそんなに悪いことが出来るような人ではなかったと思っている。その証拠に、A君は僕の目を見て万引きをやめた。
 A君とは小学校からの友達だった。親友と言うべき間柄ではなかったが、仲は良かった。中学からは、通っていた学習塾が一緒になったこともあり、話したり遊んだりする機会も増えた。
 僕の通っていた中学は、同じ地域の様々な小学校から生徒が進学していた。思えば、"荒れた"空気は僕の通っていた小学校からではなく、他校の生徒から持ち込まれたものだったのかもしれない。仮にそうだったとして「A君は他校の生徒に感化されてしまっただけの被害者だ」と言うつもりはないけれど。

 一つだけ。一つだけ、引っかかることがある。10年以上経った今でも。
 A君は、僕に「君は真面目だね」と言って万引きをやめた。きっと彼から見て、僕の目は彼を非難しているように感じたのだろう。僕が、僕自身の正義感でもって「それは悪いことだ、そんなことをしてはいけない」と目で訴えかけているように感じたのだろう。彼の中で、良心の呵責があり、万引きを思いとどまったのだろう。
 でも、僕がその時に考えていたことは「万引きって割に合わないよな」という、ただそれだけのことだった。自分は万引きをするつもりはないし、彼を責めようと、あるいは引き留めようとするつもりもなかった。ただぼーっと観察していた。万引きをしようとする彼の顔を見た。それだけだった。究極、彼の万引きがバレて店の人や学校の先生に怒られようと、もっと言えば警察沙汰になろうと、僕には関係のないことだと、うっすら思いすらした。

 A君はあの後、家に帰って自分を責めたのだろうか。悪いことをしてしまった、と後悔したのだろうか。誰も彼を責めていないのに。僕は彼を責めていないのに。結局彼は、万引きを思いとどまったのに。
 僕はもう彼の連絡先も知らないし、知っていたとしても「あの時君はどう思っていたの?」だなんて、聞こうとは思わない。

 正されないままの"間違い"が、今も記憶の底に小さなトゲのようになって残っている。それが時折、僕の心をちくりと刺す。

「おー、面白いじゃねーか。一杯奢ってやるよ」 くらいのテンションでサポート頂ければ飛び上がって喜びます。 いつか何かの形で皆様にお返しします。 願わくは、文章で。