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キョートン

初夏の京都。
吉田神社の石段を降りてしばらく歩くと永遠のモダニズム、重森三玲氏の庭園がある。
令和6年にしてメール予約でないと観覧を受け付けない古風な場所だ。
ダイナミックに波打つ州浜には白砂が、阿波の青石で表した蓬莱島の周辺は、蒸し暑い京の気候が育んだ杉苔が茂っている。
重森三玲の孫で現代美術家の三明氏が一つ一つ解説して回る中、少しグループから外れて歩いた。
どこまでも続く海岸線の先に目をやると、次第に空と地平の境界が曖昧になる。
聞くところによると「空」という字は穴の中で光り輝く祈りの道具を表しているらしい。
一歩下がって目を霞めると、置石にペトログリフのような円形の刻印を見つけた。
三明氏が続ける。
「これは陰陽の陰、いわば小宇宙の入り口。」

初夏の京都。
目が覚めるとそこは宮津だった。
敷石だったはずの海岸線がどこまでも広がっている。
青いという言葉ではその青さが伝わらないほどケミカルな空とそれが反射した海面はもはや身体に悪そうなほどだ。
まだ歩き馴染んでいない筈の鴨川が途端に懐かしくなって、早く家まで帰りたいと思った。
宮津駅前の寂れた観光案内所には「海の京都」とキャッチコピーの書かれたポスターが貼ってあり、さっきまでの海景がより青々しく加工されている。
心の中のイマジナリー洛中人士が斜め下を睨みつけながら、「それは京やおへん」と呟いた。
もしかして自分は京都に染まりつつあるのかもしれない。

初夏の京都。
まさかこの場所で働くことになるとは思っていなかった。
大阪梅田から阪急に乗って京都河原町まで45分、そこから職場まではすぐだけど、つい3月末までは大阪メトロで20分かからなかったのだからとても長く感じる。
そこまでして働きたい職場だったのか考えると正直よく分からないが、昔からよく几帳面で頑固だと言われていたので案外性に合っているのかもしれない。
今日は日曜日だから忙しくなるぞと気合いを入れて、鴨川に溢れるカップルをひたすら等間隔に並べていく。
京都は景観にうるさいので、こうやって綺麗に並べるのも骨が折れる。
右の二人と左の二人の距離は1.91メートル。
これより長くても短くてもいけない。
オーバーツーリズムが深刻で最近出された求人なのかと思っていたが、どうやら桃山時代からの伝統らしい。
たまに一人や三人で佇む人がいるが、三人の内の一人を引き剥がし、一人とペアにして等間隔を作っていく。
三条の端から五条の端まで綺麗に並べ終えた頃、すっかり日は暮れて退勤の時間になっていた。

初夏のキョートン。
この街に引っ越してから起こったことは、奇妙の一言では片付けることができない。
新居の隣に見つけた居心地の良い喫茶店が、まさか通い始めた5日後に閉店するとは晴天の霹靂だった。
毎日同じ顔ぶれが同じ時間にドアを開け、同じ席に座っては本を読んだり井戸端会議を繰り広げる永遠のような空間だった。
「それで、佐藤さんはあの後友達と合流したの?」
「ところが二人して先に帰っちゃった。でもいいの。こうやって友達も出来たことだし。」
まさか鴨川がマッチングアプリの役割を果たしているとは知らなかった。
佐藤さんは近くの大学に通っていて、毎朝この店で読書をするのが日課だという。
足元に置いた鞄からチラリと夢野久作の小説が見える。
「明日も同じ時間でいい?」
視線を戻した先に彼女の顔はキョートン。

第一回
桂枝之進 オール新作ネタ下ろし公演
『キョートン』
2024年6月12日(水)19:00開場19:30開演
会場:渋谷ばぐちか
(〒150-0031 東京都渋谷区桜丘町16-12 桜丘フロントビルB1F)
料金:早割¥2,000 一般¥2,500
出演:桂枝之進
お問い合わせ:Mail edanoshin@gmail.com

Peatixにてチケット発売中!
https://kyo-ton.peatix.com

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