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思考整理に辞書を使った方がいいんじゃないか問題

ある大学の図書館長から「国語辞典は、『心』の項目で辞書の格がわかる」と聞いたことがあります。
気にして調べてみると、たしかに「心」は辞典ごとに特色が出ていて、見比べることで学びの多い項目です。

精選版 日本国語大辞典

「にっこく」こと日本国語大辞典(精選版)で引くと、見出しから「心」以外の用字を教えられます。「情」は想像できる範囲だけど、「意」がここに並ぶのはちょっと意外に思いませんか?

英和辞典でheartを調べてみると、器官としての「心臓」の意味からスタートして、位置と感情に分化していると説明があります(私はこういうとき、重要単語を分解、図示、比較で整理しているコンパスローズ英和辞典を愛用しています)。

コンパスローズ英和辞典

英語での定義がわかったところで日本語の辞書を見返してみます。すると、「心」に「機能の重要部分」の意味はあっても、「位置が中央」という意味は特にないことを把握できました(この視点から日英の都市設計を比較すると興味深いですが、今は深追いしません)。

似た単語の違いを説明できるか?

一つの単語の定義を詳しく知るうえでも辞書は有用ですが、さらに有用なのは、2つ以上の単語を比較することだと思います。

いまのこの文章の中で私は深く意識せずに「辞書」と「辞典」を混用していましたが、それを辞書で確認してみると

じ‐しょ【辞書】
〘名〙
①ことばや文字をある観点から整理して排列し、その読み方、意味などを記した書物。外国語辞書・漢和辞書・国語辞書などを含めていう。国語辞書の中には、普通のもの以外に、百科辞書や地名辞書・人名辞書、また、時代・ジャンル・作品などを限ったもの、各学問分野別に専門用語を中心に集めたもの、方言・隠語・外来語など語の性質別にまとめたもの、表現表記に関するものなど、内容上多くの種類がある。辞典。字引。字書。字典。〔和蘭字彙(1855−58)〕
②コンピュータの仮名漢字変換システムで、入力した仮名に対応する語句を登録しておくファイル。また、自動翻訳システムで、語と語の対応や文法などが登録されているファイル。
③(⑤まであるが省略)

じ‐てん【辞典】〘名〙 辞書①のやや新しい呼び方。明治以降、辞書名に用いられるようになって広まった。(後略)

精選版 日本国語大辞典

自分のコミニュケーション範囲では混用して特に困ることは無さそうだな、悩まなくていいだろうな、と判断できました。

あれ?いまの文章で「困る」と「悩む」が出てきたぞ?と気付いたので、両者を辞書で調べます。

こま・る[2]【困る】
(動ラ五[四])
①ある好ましくない事態が発生し、そのうまい対処の方法が見つからずに悩む。「どうもこのごろ体がだるくて━・る」「この辺は蚊が多くて━・る」「━・ったことがあったらいつでも相談にいらっしゃい」
②相手の行為を迷惑に感じる。「二次会に誘われて━・る」「君、━・るじゃないか、勝手に私の名前を使って」
③(「困った」の形で連体修飾語として用いて)不都合である。「君も━・ったことをしてくれたものだ」「そんな調子ではあとで━・ったことになるぞ」
④必要なものや金がたりなくて苦しむ。窮乏する。「被災地では水に━・っているらしい」「暮らしには━・らない」

なや・む[2]【悩む】
一(動マ五[四])
①結論が出せなくて苦しむ。思いわずらう。「将来について━・む」「家庭内のもめごとに━・む」「人生の意義について━・む」
②(略)
③動作の進行がうまくいかなくて苦しむ。「のび━・む」「行き━・む」「安けくもなく━・み来て/万葉集三六九四」
二(動マ下二)
→なやめる

大辞林(第4版)

「困る」は対処方法が見つかっていない状態、「悩む」は複数の選択肢から結論が出せず迷っている状態なのかなと仮説を立てられます。であれば、「あー困った!」と感じたとき取るべき行動は「手段を探る」で、「あー、悩ましい!」と感じたときに取るべき行動は「結論を出す/結論のための基準を決める」かもしれません。

「迷う」も追加で調べてみましょう。

まよ・うまよふ[2]【迷う・▼紕う】
(動ワ五[ハ四])
〔⑧が原義〕
①道や方向がわからなくなる。また、わからなくてうろうろする。「森の中で道に━・う」
②決断ができない。どうしたらよいかわからない。「判断に━・う」「━・わず実行せよ」「去就に━・う」
③(略)
④(略)
⑤まぎれる。区別がつかない。「置き━・ふ色は山のはの月/新古今和歌集秋下」
⑥(以下⑨まで略)

大辞林(第4版)

⑤の「区別がつかない」に陥っている場面では特に慎重に問題を分解する必要があるだろうと認識しました。

いつもポケットに辞書を

私の場合は、気になった単語をこのように一日に何度か調べ、理解し直しています。特に大切にしているのは、子どもの頃から使い慣れているはずの単語を何度でも調べ直すことです。大人になってから出合う言葉は「わからない、知らない」からスタートするので必ず定義と一緒に身につけますが、子どもの頃に出合っている言葉は、はっきりと定義できていない段階から習い使っているので、実は定義が曖昧なまま利用していることが多いのです。「用法は間違わないけど、他人にはうまく説明できない」単語が山のように存在します。

その都度ネットで検索してもいいのですが、ネットに転がっている辞書を基準とすると情報が限られすぎていて、かえって誤解を広げる可能性があります。紙の辞書は使いにくい場面が多いため、私はiPhoneに複数の電子辞書を入れて使っています。

「複数辞書の比較」が必要なことも多いので、私は「辞書 by 物書堂」を愛用しています(現状ではiPhone/iPad版とMac版のみ。Windows版やAndroid版は現状では出ていません)。

以下のように、一つの言葉を複数辞書で検索できます。国語辞典と英和辞典の串刺し検索もパッと出せるのがありがたいですね。

「辞書 by 物書堂」iPhone版画面

iPhone/iPad版とMac版の行き来もシームレスに行えるのが便利ですし、オフラインでもさっと検索できるのは紙辞書同様のメリットです。

私が「辞書 by 物書堂」アプリ内で購入した辞書を数えてみたら、英語以外の外国語の辞書や版違いも含めて38冊入っていました。使用頻度は異なるものの、どれもが「使っている」辞書です。紙の辞書だとこの冊数を使い分けるのは大変なので、電子化の恩恵を強く感じます。

私が「辞書 by 物書堂」にインストールしている辞書一覧


思考ツールとしての言語

言葉は毎日使うものです。他人とのコミニュケーションに使うのは当然として、自分自身の思考のために使うものであることを忘れてはいけません。
人間の思考は言葉によって無意識的に規定されがちなので、言葉の扱いを明瞭にすることが思考の明瞭化につながります。数年に一度出合う程度の珍しい・難しい言葉を多く知るのも悪くないのですが、より大切なのは、子どもでも知っているような日常語を明確に把握することです。それも、何度も調べ直すことです。

間違っても言葉遊びのためではありません。思考のための道具を正しい状態にメンテナンスすることで、武器としても使えるほどに言葉を磨くための工夫なのです。

さらに言えば、そうすることで、生を受けているこの世界に対する解像度を上げたいと思っています。「沸かす」「煮る」「茹でる」「炊く」を無意識のうちに使い分けている世界観よりは、「英語のboilが日本語では食材ごとに4つの単語に分かれる」と意識している世界観の方が解像度が高いです。

外国語を学ぶ理由が「外国の人ともビジネスやコミニュケーションできるようになる」だけではあまりに寂しいと思います。近い将来AIに代替されるでしょうし、50年前にその意識で英語を学んだ人の「英語を学んだ意義」は、いま現在でもかなり失われてしまっているのではないでしょうか。

私が外国語を学ぶ理由は、「自分が世界を区切る方法として使っている日本語とは全く異なる言語を手に入れ、それによって別の思考体系を手に入れる」ことです。言わば脳に別のOSをインストールするようなもので、これはいくら自動翻訳が発達しようとも価値を失わないものです。
同じような理由で、プログラミング言語を学ぶ、数学や、物理などの自然科学を学ぶ、ビジネスを学ぶ、芸術を学ぶ、歴史を学ぶ、哲学を学ぶ…そのいずれもが、脳に別の思考体系をもたらすOSになり得ます。中途半端な聞きかじりの情報ではOSとして使えません。思考し、世界を記述するためには「体系」になる程度の骨組みが必要です。

そのための手近な一歩として、いつもポケットに辞書を忍ばせ、いつでも使える状態にしたいのです。

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