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15分で完結する暮らし

佐々木稔

「地域とは、お寺の鐘の男が聞こえる範囲かな。そこで暮らしが成り立つようにしたい」。

今年も除夜の鐘を聞きながら、大分県中津市耶馬渓町樋山路の農業兼木工家、中島信男さんの話を思い出した。大分の地方紙、大分合同新聞で新聞記者をしてきたが、地域を考え、書くときに迷いが生じると中島さんのところに話を聞きに行っている。

紅葉の名所として知られる耶馬渓だが、樋山路はちょっと外れた典型的な中山間地である。かつては、樋山路を含む4つの集落による下郷地区で各種買い物はもちろん、映画館まであったそうだ。お寺の鐘が聞こえる範囲とは概ね旧小学校区である。

現在、樋山路では人口減少が加速度的に進む。地域は高齢者ばかり。それでも、中島さんは学校帰りの子どもたちが集まるスペースを作り、小学校の統廃合が浮上すれば反対運動の先頭に立った。地域の商店がなくなれば、使わなくなった農協倉庫で商店を始めた。店名は「Lowson」ならぬ「Noson(農村)」。地域の暮らしを成り立たせようと次々とアイデアを出す。

下郷地区には人が人を呼び、多くの移住者が集まっている。中島さんらが取り組む無農薬の米作りや自伐式林業を一緒にし、味噌や納豆生産も始めた。珈琲焙煎をする喫茶店やビーガン料理の店など、都市からわざわざ行きたくなる店もある。小学校に通う多くの児童が移住者の子どもだ。中島さんは地域のカタチを整えようと楽しみながら頑張っている。

話は変わるが、昨年、東京・乃木坂のTOTOギャラリー間で「How is Life?」展を見た。興味深かったのが、建築家田根剛氏が提唱する「15-Minute City」だった。成長や拡大では人々は幸せになれない。だったら都市を時間で区切っていこうという考え方である。学校や病院、介護施設など、生活にエッセンシャルな施設が15分圏内にある。世界中に造ろうというプロジェクトで、田根氏が暮らすパリでは、7万台の駐車場をなくし、最高時速は30キロに抑え、都市緑化にも力を入れているという。

大分で暮らしていると、戦後日本が資本主義の元で目指してきた成長や拡大路線は間違いだとあらためて思う。何てことはない、大都市は日本中の農山漁村から働き手としての若者を吸収し、地域を崩壊させてきただけの話だ。そのミニ版が各県の県庁所在地と旧郡部の関係でもある。大都市パリでも下郷地区と同じ動きが起きている。移動時間15分で完結する暮らし。きっと、人間にとってジャストサイズなのだ。


佐々木稔

1967年大分市生まれ。1991年大分合同新聞社入社。社歴の多くは新聞記者。社外活動としてスペシャルオリンピックス日本・大分副理事長、大分学研究会運営委員、おおいたミツバチプロジェクト主宰。


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