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積み木かジェンガか?

私は現代の農業にも詳しくないですし協生農法も学び始めたばかりなので間違っているかもしれませんが、現段階での理解のひとつを記しておきます。

現代の農業(慣行農法)は、基本的に「ゼロリセット & 足し算」の発想。

例えると、「人間が生きていくには、1日あたり炭水化物◯g、タンパク質◯g、脂質◯gが必要で、それ以外にこれこれのビタミン類とこれこれのミネラル類がこれだけ必要です。だからそれらを純粋に配合した錠剤を1日3回飲めば健康に生きていけるし、余計なアレルギー物質や菌や毒素を摂取しなくて済みます。」というのと同様に、まず土壌を掘り返して消毒してリセットし、そこに必要な物質を肥料として追加して要件リストを全部満たした上で野菜を育てる。だから病気も害虫も入らない。万が一病気や害虫が入り込んだり発見されたりしたら、それを根絶する薬を入れる。ゼロから始めて分かっているものだけを積み上げることで、すべてをコントロールし、均一で望ましい作物がたくさんできるのが理想。消費者もそれを望んでいる。

協生農法では、そういう発想は人間の驕りであり、すべてをコントロールして望ましい結果を得るのは不可能であるという。現にときどき失敗して病気や害虫が大発生するし、人体に必要なものは既に分かっているもの以外にもあるはず。一方で自然環境では様々な生物が長い時間をかけて作り上げてきた強靭なエコシステムがあり、そのバランスは簡単には崩れず、年によって気候が変わったりしてもそれを吸収してバランスを取り戻す。

だからといって「自然が最高!」と言っているだけでは古代の狩猟採集社会と同じであり、現代の人類には食物などが足りない。だから自然のバランスを壊さずに注意深く「雑草」を有用植物(人が食べたり役立てたりできる植物)で置き換えていく必要がある。つまりゼロから積み木を積んでいくのではなく、すでにあるジェンガの塔を注意深くいじるということ。

したがって、協生農法を成功させるには、ジェンガのブロックを引き抜くのと同じく、既存環境がどうバランスしているかを見極め、どれを引き抜いてどこに載せればバランスが崩れないかを見抜き、最終的に望ましい収量に近づいていくように計画・設計することが必要で、それを協生農法では「物理と数学」と呼んでいるのだと思います。学ばずに行きあたりばったりにブロックを引き抜いてばかりいても失敗を重ねるだけ。

だから「積み木」方式のほうが圧倒的にアプローチしやすい。メカニズムを解明しやすい。農業を含む様々な現代の技術は、まさに専門分化した局所的な理解を積み上げて作られている。

というのが協生農法の主張なのだ、ということが、だんだん分かってきました。「協生農法マニュアル」を読み始めた当初は、多種密生が大事という印象が強く、自然農法の多種密生バージョンなのかな、と感じていましたが、大間違いでした。(今でも上記の理解は間違っているかもしれないので、引き続き学んでいきます。)

積み木とジェンガの対比は、既にある社会や組織を変える議論にも応用できるかもしれません。例えば会社組織にリモートワークを導入しようというとき、仕事のツールをデジタル化しようというときなど。積み木方式が合理的なのか、ジェンガ方式でバランスを保ちながら慎重かつ計画的に進める方が良いのか。

そしてそれを進める人の資質も重要そうです。協生農法の「野人」ムーさんは「誰でもできる」と仰っていますが、最終的には誰にでも可能だとしても、そこに至るまでは結構修行(マインドチェンジや知識の習得)が必要な人もたくさんいそう。それってこれからの社会のメンバーや、それを育成する教育関係者に必要なコンピテンシーかもしれないな、と思いました。

(フジムー)


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