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生きること、暮らすこと

 この1年間のちょっとした記録と、人生のあれこれについてである。

 もうすぐ2020年度が終わろうとしている。久々に外出してみたら、卒業式なのか、紺色に身を包んだママさんたちが正装の娘、息子を連れて歩いているのをたびたび見かけた。喫茶店で勉強をしていたら、またも紺色に身を包んだママさんたちが、そこにはいない別の誰かの子どもの話をして、わりとすぐに出ていった。30分くらいだろうか。別の日、昼寝をしていたら、どこからともなく「仰げば尊し」のピアノ伴奏が聴こえて目が覚めた。練習でもしているのだろう。先日、所用のついでに母校を訪ねたら、袴姿の女子学生たちが自撮りをして互いの門出を祝っていた。セルフ卒業式というやつだろうか。
 私も昨年度、卒業を経験した。ただ、卒業式は経験していない。開催されなかった。学位記と記念品は郵送され、予約していた袴の着付けはキャンセルした。実は今日、銀行の通帳を確認したら見覚えのない金額が入金されていた。価格的に、おそらく着付けとレンタル袴の払い戻し金だろう。1年を経て入金とは、キャンセルが多発していたことが予想される。経済には打撃だろうが、私からしてみれば勝手な話、あれから1年かと思うとなんだか感慨深くなる。入金の数字をまじまじと見てしまった。

 自分より年上の人たちは決まって、20代は短いよとか、大学4年間なんてあっという間だよとか、そんなことを言ってくるのではないだろうか。私はこれまで何度もそう言われてきた。あっという間だよ、と。
 しかし、本当に「あっという間」なのだろうか。ちょっと振り返って、今一度、過去を眺めてみてほしい。案外その1年間、いろいろあったのではないか。もちろん社会で、世界で、巻き起こる事件を数えてみるだけでもいろいろあったのは当然だろう。そうではなくて、個々の生活を振り返ってみても、きっといろいろあったのではないだろうかと思うのだ。私はいろいろあった。
 4月の入学式は卒業式同様、中止だった。右も左もわからない、いや見えないままパソコンと対面の大学院生活がスタートした。初回の授業ではあれを読み、次にそれを読み、徐々にZOOMに慣れてきたあたりで、特に実りのないZOOM懇親会に出てみた。レジュメ発表の前日はいつも徹夜した。新しい出会いはなかなか得られなかった。ゼミの研究発表ではしごかれ、ミュートにしてひたすら鼻をすすった。研究は迷走した。友達とZOOMでおしゃべりしたり、散歩したりしたのは楽しかった。夏はあれとそれを読み、昔読んだあれも読み返した。近所を練り歩いて新たな場所を開拓した。映画を見て号泣した。秋もオンライン授業なのは少し絶望したが、こういうものだと開き直った。図書館の脳内地図が徐々に出来上がっていった。研究室のプロジェクトに参加し始めた。授業が楽しい。この論文はおもしろい。出会いがないのは相変わらずだった。誕生日があっさり終わったことに嘆いた。毎年、誕生日はあっさりと終わるのに、なぜか今年はそのあっさり感がこたえた。自分よりもつらい人がいることを考えることがつらかった。親が病気した。ドラマを見て号泣した。修論のテーマは年が明けてようやく、なんとか方向性が定まった。なんだかんだ自分は学びを深めていると、書き終わってもいないのに無駄に満足した気分になった。厳しい教授に初めて「おもしろい」と言われた。ユーチューブに出た。いろいろあった。
 人生は短いなんて、それはきっと違う。振り返ると、それなりに長い。

 私が大好きな脚本家のあるドラマの登場人物が、とある場面でこう言っていた。

「生きるんじゃない。暮らしましょうよ」(語尾が違うかもしれない)

 このセリフをきいて以来、私は〈生きる〉ことと、〈暮らす〉ことについて考えている。どちらが良いとか悪いとかではない。おそらく人には両方必要だ。今回の記事の文脈だと、時間を感じること、そして人生を体験することは、おそらく〈生きる〉ことと〈暮らす〉ことががんじがらめになって経験されているがゆえに、速く感じたり長く感じたりするのではないか、と言うことができると思う。時間を速いと感じる人は、もしかしたら〈生きている〉時間が多いのかもしれない。1日を長く感じた日は、おそらくその日は〈暮らした〉日なのではないだろうか。
 私は近頃、文明が高度になりすぎた今、〈生きる〉ことばかりに価値が大きく置かれるようになっているのではと危惧している。〈暮らしている〉と思っている人も、実は「暮らす」ことを目指して〈生きている〉だけなのではないか。とはいえ、〈暮らす〉ことはとても身勝手な行為であるようにも、私には思われる。
 堂々巡りだ。こんなことをつらつらと考えながら、今、私は夜更かしをしている。もう寝ます。

 さて、実は修論、あまり進んでいない。超える壁は数知れないな。

以上

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