あらためてWPMのお話 ー外国語学習(言語活動学習)とスピードー=学習方法のお話(その8)=

言語活動学習とスピードの重要性

 言語学習とは、文法や語彙、背景的知識を時間をかけて学ぶことで、時間をかけて学べるという点がポイントです。
 一方、言語活動学習は、聞く活動や話す活動であるために、言語活動学習においては、時間をかける余裕はなく、瞬時に、対応が迫られるという点が言語活動学習のポイントになります。
 そして、母語と同じく、外国語学習においても、言語学習と言語活動学習とを区別しつつ、その両方をバランスよく統一して学ぶという課題があります。

私たち日本人にとって英語の言語活動学習はとっても難しい

 そうは言っても、語順の違う日本語と英語とは統語論がまるで違うので、いわゆる直読直解は簡単ではありません。聞いたり話したりという言語活動学習の場合、語順の違いを乗り越え克服し、直読直解や「理解のともなう音読」(私の造語)ができるようにならなければならないからです。
 とくに日本語と英語のように言語間の距離の離れている外国語の場合、中学・高校(とりわけ中学)段階においては、母語話者の自然なスピードでの学習がむずかしいのは当然のことで、そのため、たとえば故若林俊輔氏は、「アンナチュラル・スピードのすすめ」を説いていました。学校教育の現場に根ざした若林氏の意見に基本的に賛成なのですが、学校教育を土台にして、その先にある英語学習の見通し路線を考えるときには、「ナチュラル・スピード」や WPM を考えることが課題になってくることも確かなことで、高校段階においては、「ナチュラル・スピード」や WPM を生徒に考えさせることは重要な今後の課題とも個人的に考えているわけです。

言語活動のスピードをはかる基準となるWPM

 あらためて、WPMとは何か。
 これは、1分間に流れる語数 (words per minute)のことです。言語活動で重要なのがスピードであり、スピードをはかる尺度としてのWPMです。1分間に流れる語数が多ければ多いほどスピードが速いということになるし、少なければ、遅いということになります。

歌は40WPMから160WPMと幅がある

 エルヴィス・プレスリーの歌のWPMも紹介してきました。
 別の歌のWPMについても参考にしてみることにします。
 現代の高校生には、選んだサンプルが懐メロばかりで申し訳ありませんが、そこはご容赦ください。
 まず、50WPM~60WPM前後の歌。
 50WPMといえば、第一段階。
 このスピードは、間が充分とられたメロディで、言葉(単語・語句)も、それほど詰め込まれてはいないため、外国語学習者にとっても、取り組みやすく、私たち日本人にとっても歌いやすいスピードになっています。
 カラオケで洋楽に挑戦するなら、このスピードがオススメです。
・Will You Still Love Me Tomorrow (Carole King) 1971 (38WPM)
・Love Me Do (The Beatles) 1962 (53WPM)
・Long As I Can See the Light (Creedence Clearwater Revival) 1970 (55 WPM)
・Close To You (Carpenters) 1970 (58WPM)
・You’ve Got A Friend (James Taylor) 1971 (60 WPM) 
 ポップスなどは、第二段階の100WPM、70WPM~100WPMが多い印象があります。このスピードは余裕はないかもしれませんが、頑張ってついていけば私たちでもなんとかなるスピードです。
・Blowin’ in the Wind (Peter, Paul and Mary) 1964(71WPM)
・Walk On By (Dionne Warwick) 1964(74WPM)
・Your Song (Elton John )1971 (77WPM)
・It’s Too Late (Carole King) 1971 (92 WPM)
・How Sweet It Is (To Be Loved By You) 1975 (James Taylor)(94WPM)
・I Say a Little Prayer (Dionne Warwick) 1967 (96WPM) 
 さらにコトバが増えて、物語的・散文的なものになりますと、100WPMを越えてきます。これは外国語学習者にとってはかなりのチャレンジとなってくるスピードになります。息継ぎ(ブレス)も大変で、かなり頑張らないと置いていかれます。
・Lemmon Tree (Peter, Paul and Mary) 1962 (103WPM)
・Alone Again (Naturally) (Gilbert O'Sullivan) 1971 (106 WPM) 
 そして、発話に近い、言葉の多い(wordy)歌もあります。この段階は第三段階の150WPMをこえて第四段階へと近づいていきます。発話に近いこのスピードに私たち日本人がついていくのは大変です。
・Subterranean Homesick Blues (Bob Dylan) 1965 (164WPM) 
 ということで、50WPM~60WPM、70WPM~100WPM、100WPM~、150WPM〜 と、カラオケでもスピードを意識したいところです。
 文字が詰め込まれているラップなどでは、発話に近くなり、WPMも高い数字になるでしょう。
 発話もそうですが、とりわけ歌のWPMには幅があるということは意識しておいて下さい。

ハムレットの有名な独白でも60WPMから110WPMとそのスピードに違いがある

 大学時代の授業でシェイクスピアのハムレット(Hamlet)を学んだことがあります。
 言語活動を学ぶときの教材としては、(1)テキスト(2)音声(3)動画 があるとよいのですが、このときの学習環境としてはテキストだけでした。まさに言語活動学習ではなく、言語学習としての授業。いまは、YouTubeもありますから、(2)も(3)も利用できますね。
 シェイクスピア(Shakespeare)の「ハムレット」に、"To be, or not to be---that is the question;" で始まる有名な独白があります。冒頭のところだけですが、1分間にどれくらいの語数を俳優が話しているのか、YouTube の "To be or not to be - By nine Hamlets "などを使って10例ほど計ってみました。
 遅い順から並べてみますと、冒頭の1分間で、58WPM / 60WPM / 73WPM / 74WPM / 75WPM / 77WPM / 84WPM / 94WPM / 109WPM / 111WPM という結果で、今回計測した中では、俳優のリチャード・バートン(Richard Burton)のヴァージョンが最も早口でした。
 つまり、ハムレットの同じ独白も、1分間に60語から110語と、2倍速とはいえないまでも、かなりスピードが違うことがわかります。これは、もちろん、間 (pause) の取り方の影響も大きく、間を長くとれば、同じ語数だも時間がかかります。テレビの連想ゲームなどのクイズ番組をサンフランシスコでたくさん見ましたが、間をたっぷり取って発話しているため、間があるだけわかりやすく感じました。
 ハムレットの独白は、演劇的発話であり、機械的ということはありえません。もちろん人間の発話でも同じことが言えるわけです。

講演や演説は100WPMから150WPM

 講演や演説はどうでしょうか。  
 たとえば、進歩的歴史家として知られる故ハワード・ジン (Howard Zinn) 氏の講演は、内容はもちろんのこと、ていねいに話をされていますから、スピードも遅く、わかりやすい。たとえば、"Three Holy Wars" という講演の冒頭のみを計ってみましたが、ジン氏の講演は 120WPM くらいです。
 マーチン・ルーサー・キング牧師 (MLK) の有名な公民権運動の演説 "I Have A Dream" は、格調高い、朗々とした演劇的演出もあり、ゆっくりで、104WPMくらいでした。語彙水準としては、庶民的といえるマルコムX (Malcolm X) の演説は力強く150WPMくらいで、語りかけるスピードになっています。
 これらの数値は、大雑把なものに過ぎませんが、発話としては、とってもゆったりとした速度で、60WPM~110WPMくらいになるのでしょうか。キング牧師のスピーチは演劇的手法でゆっくりでした。
 ハワード・ジンやマルコムXの、120WPMから150WPMくらいが、まぁかなりゆっくりですが、わかりやすい普通の速度ということになるのでしょう。

オーディオブックは 150WPM から 180WPM

 読む活動においても、語順の違いを乗り越えて、「理解のともなう音読」(わたしの造語)や、オーディオブックス (audiobooks) を使えば、言語活動学習になります。

ペーパーバック

 自分の持っているオーディオブックの一部を調べてみました。以下のように、これも大雑把な話になりますが、オーディオブックは、だいたい150WPM~180WPMのスピードで朗読していることがわかりました。
・'In which a house is built at Pooh Corner for Eeyore'(朗読者により、約153WPM  / 176WPM)from "The House at Pooh Corner" by A.A. Milne
・"1984" by George Orwell(約153WPM)
・chapter 1 'The Boy Who Lived'  (約160WPM)from "Harry Potter and the Philosopher’s Stone" by J.K. Rowling 
・"Travels with Charlie" by John Steinbeck (約165WPM)
・Chapter 1(約169WPM) from "The Catcher in the Rye" by J.D. Sallinger
・' The Texan'(約177WPM)from  "Catch 22" by Joseph Heller
 オーディオブックの朗読スピードが150WPM~180WPMということです。
 当然、黙読は、これ以上のスピードとなります。

インタビューは200WPMをこえる

 大谷翔平投手がMLBに渡って以来、大谷選手の活躍をMLBで見る機会が増えているのですが、試合後のインタビューなど早く解放してあげたいと選手を気づかってかインタビューアーが慌てる結果、早口になる印象があります。
 これが母語話者どおしとなれば、まさに容赦なしのスピードで、Bally Sports Westのリポーターであるエリカ・ウェストン氏 (Erica Weston) などレポーターの方々は少し早口かなと感じています。
 このエリカ・ウェストン氏のインタビューを計ってみると、大雑把な話ですが、212WPMでした。

スピードの感じ方は母語話者と外国語学習者とでは天と地ほどの差があるもの

 あわてて書き足さないといけないのですが、WPMは客観的数字ではありますが、それをどう感じるかという主観的なとらえ方でいいますと、母語話者と外国語学習者との間でその感じ方にはかなりの差があります。つまり、外国人にとって「早口」に聞こえるだけで、エリカ・ウェストン氏の話すスピードは、けっして「早口」とはいえず、母語話者にとっては快適なスピードと推測されます。
 母語話者間では普通のスピードが、外国語学習者にとっては、超早く感じるというのは普通のことです。
 外国語学習者でも、パワーをつけていくと、徐々に、そのスピードは、ゆっくりなものへと変っていくメカニズムがあります。とくに、英語の言語環境に身をおいて、言語活動の中につかっている環境となれば、スピードはゆっくりなものへと変っていくのです。
 エリカ・ウェストン氏の発話としては早い部類に入るかもしれませんが、おそらく200WPMくらいのスピードから、ゆっくりとした黙読のスピードになっていくのでしょう。母語話者の速読家の黙読のスピード(WPM) は、さらに速くなっていきます。

WPMについてまとめてみると

 以上、述べてきたことをまとめてみます。

 (1)大前提として、外国語学習、とくに日本人が英語を学ぶ際には、「語順の征服」ができない時期が長く続くため、「直読直解」も「理解のともなう音読」も難しく、さらに日本の言語環境も言語活動を学ぶ環境としては難しいため、英語学習者の圧倒的多数は、「語順の征服」「直読直解」「理解のともなう音読」が不十分なままでとどまってしまうことが少なくありません。したがって、この時期は、文法学習・語彙学習など、言語学習の基礎学習がおすすめの時期となります。
 (2)母語話者でない私たちにとってのWPMを考えるとすれば、まず50WPMの第一段階。100WPMの第二段階。150WPMの第三段階。200WPMの第四段階を意識しましょう。
 (3)言語活動学習としての教材としては、音声教材が不可欠。いまはYouTubeなど、音声素材は利用可能なものが増加してきています。音声教材を学ぶ際にテキストが不可欠です。不正確なところも多々ありますが、YouTubeなどの書き起こし(transcription) も利用可能です。
 (4)実際の言語活動を計測してみると、芝居がかって演出もされた演劇や講演としての 60~120WPM。ゆっくりでわかりやすい発話としての120WPM~150WPM。オーディオブックとしての150WPM~180WPM。早口の 210WPM~という感じになります。
 (5)日本の外国語学習者は、上記(1)の実態を意識しながら、自分のリスニングのちから、リーディングのちからを育てていかなければなりません。「語順の征服」「直読直解」「理解のともなう音読」に挑戦しつつ、50WPMくらいから100WPM。100WPMから150WPM。150WPMから200WPMをめざすというように、スピードを意識してスピードを上げていくことが大切になります。
 (6)スピードを上げていくためには、パワーとリズム感が不可欠です。パワーをつけるためには、言語学習として、文法学習や語彙学習が重要になります。あれこれ乱読・乱聴することも必要ですが、自分の学びたい素材を精読し、何度も習熟することが不可欠。今日やさしいBBC Learning English のようなものもあり、これらは145WPM、160WPMといったスピードですが、自分が学びたい教材を自分で選んで学ぶことが重要です。
 (7)アウトプットにかんしては、スピーキングとライティングがあります。ライティングについては、言語学習と言語活動学習で養ったちからを土台にして時間的な余裕をもって表現できます。一方、発話のほうは、相手とのやりとりをしながら、スピードが勝負となります。

 ということで、WPMを意識することは、英語学習にいろいろと役立つと思うのですが、どうでしょうか。

いいなと思ったら応援しよう!