ノア・スミス「今週の小ネタ: 教育格差と健康格差」(2023年10月1日)

アメリカでは,教育がある人たちの方がずっと健康的

さて,さっきの話は,アメリカにおける格差に関するいいニュースだった.悪いニュースもある:アメリカ人のあいだでは,教育水準によって健康格差がますます開いてきてる.上に載せたグラフを見てもらうと,大卒でないアメリカ人の平均寿命が大きく下がってきてるのがわかる.このグラフは,経済学者のアン・ケイスとアンガス・ディートンによる Brookings 論文から引用した.彼らによれば,教育格差によって健康や社会生活に関わるいろんな結果に大きな差が開いている――心の苦しみから対人関係の困難まで,実に幅広い項目で,教育水準による格差が開いてる:

婚姻率,身体的・精神的な苦しみ,対人関係の困難(Source: Case & Deaton (2023)

Kevin Drum の指摘によると,こうして開いてきてる格差は,大半が白人アメリカ人のあいだの格差だ.

さて,こういう変化を目にしたときには,必ず,構成効果について考えなくちゃいけない.時間が経つにつれて,大卒のアメリカ人はどんどん増えてきてる.

Source: Census Bureau

この構成効果が,大卒の人たちと大卒じゃない人たちの平均寿命にも両者の格差にも影響を及ぼしていておかしくない.

たとえば,こんな社会を考えてみよう.ここには,人数規模が等しい3つの集団がいる:アルファ人,ベータ人,ガンマ人だ(この名称をつくってくれたオルダス・ハックスリーに感謝).アルファ人の平均寿命は90歳,ベータ人の平均寿命は80歳,ガンマ人の平均寿命は60歳だ.さて,最初のうちはアルファ人だけが大学に進学していたとしよう.このため,大卒の人たちの平均寿命は90歳,大卒じゃない人たちの平均寿命は70歳だ(80と60の平均だからね).で,やがてベータ人も大学に進学するようになったとしよう.すると,大卒の平均寿命は85歳に下がり,大卒じゃない人たちの平均寿命は70歳から60歳に下がる(だって,いまや大卒じゃないのはガンマ人だけだからね).この架空の例では,社会全体の平均寿命は変わっていないし,3つの集団のどれをとっても,平均寿命は変わってない.大学進学そのものは,平均寿命にまるっきりなんの因果関係がない.変わったのは,大学進学する人たちの構成だけだ.

つまり,大学に進学しがちな集団が平均でより長生きする傾向にあるなら――長生きなのはより堅実だからかもしれないし,より裕福だからかもしれないし,家族関係がよかったりするのかもしれない――,もっと社会の端っこにいる人たちも大学に進学するようになって大卒の層が大きくなれば,大卒の人たちの平均寿命も大卒じゃない人たちの平均寿命も縮むことになる.そして,全体のなかで健康状態がいちばん下でいちばん大学進学率がいちばん低い集団がすごく不健康だった場合には,この構成効果によって,教育格差も広がるわけだ.

さて,ケイスとディートンもこの点を承知している.彼らは構成効果の条件を揃えるために,出生世代を見ている――たとえば,1990年生まれの人たちを見るわけだ.そうした人たちが25歳を過ぎたあたりから,大学を卒業する確率は大して変わらなくなるはずだ(ちょっぴり変化はする.「生涯学習」の学生もいるし,年を重ねていくと,ほんとは大卒じゃないのに大卒だと嘘をついて調査に回答する人たちも出てくるからだ).これによってケイスとディートンが見出したのは,こんなことだ――大卒の人たちとそうじゃない人たちの寿命格差は,最近の世代(ミレニアル世代や Z世代)になればなるほど大きく開いてきているのに対して,もっと以前の世代(ベビーブーマー世代など)では寿命格差は同じままか,ことによると狭まっている.

これがズバリどんなことを意味しているのかについて,単純な筋書きを語るのはむずかしい.ただ,うかがい知れる点を挙げると,近年になって,アメリカでは大卒の若者とそうじゃない若者の禍福は大きくわかれてきている.近年のアメリカでは,肥満や薬物の過剰摂取や自殺や殺人みたいな健やかでないライフスタイルの変化の波が押し寄せてるけれど,大学を卒業すると,そうした変化から保護される効果が因果関係で生じるようだ.これは,すごく注意深く選択効果から分離して検討しようと試みてる研究と整合してる.

ここでいちばんもっともらしい筋書きは,こんなものだ.現代のアメリカには,健康的なライフスタイルで暮らすよう若者に教えられる制度はほんのわずかしかない.そして,まだ残ってるそういう制度のひとつが大学なんだ.もちろん,これとはちがう筋書きもあるだろうし,そういう別の考え方もすすんで検討したいと思ってる.


※この文章は,次の記事からの抜粋です: Noah Smith, "At least five interesting things for your weekend (#15)", Noahpinion, October 1, 2023; Translation by optical_frog



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