ノア・スミス「BRICSなんてないさBRICSなんてウソさ」(2023年8月27日)
反 NATO じゃないし,ドルにとってかわりそうにもないし,世界の経済成長を左右することもなさそう
中国で景気低迷がはじまっていて,これは長引きそうだ.それでも,西洋の報道では,中国が自分の支配下にある新しい国際機関をつうじて世界への影響力を強化しようと試みているという警告が伝えられてる――影響力どころか,「世界支配だってなきにしもあらず」みたいな調子だ.『フィナンシャル・タイムズ』の James Kynge はこう書いてる:
そういう諸国家グループで最重要なのが,BRICS だ.少なくとも,西洋でいちばん注目を集めて警戒されているのは,BRICS だ.このなんだか奇妙なまとまりは,ゴールドマン・サックスのアナリスト Jim O'Neill による投資戦略として,22年前に産声を上げた――ようは,「これから急速に成長しそうだぞ」と O'Neill が考えた国々を "BRICs" としてひとくくりにしたわけだ.この名称は,ブラジル・ロシア・インド・中国の頭文字をとってる.のちに,この4ヶ国は実際にまとまって,ゴールドマン・サックスがつくった名称が本物の経済フォーラムになってしまった.このフォーラムでは,4ヶ国が定期的に集まって経済発展を加速させる方法や新しい金融機関を創出する方法や途上国が世界でおよぼす全般的な影響を強める方法について協議してる.2010年に,南アフリカがここに加わって,"BRICs" が "BRICS" になった.
BRICS は会合を続けていろんな経済イニシアティブを提案したものの,そのどれひとつとしてモノになってない.この2月に BRICS について書いた文章から引用だけしておこう:
ね,この短い2パラグラフだけでも,これまでにBRICS の各種組織が首尾よくなしとげたことの虚無の総体を列挙できてしまうんだよ.それでいて,どういうわけか,BRICS は世界的に重要な組織だってあいかわらず世間では信じられてる.なにも,西洋の報道機関の人たちだけの話じゃない.世界の多くの国々で,そう信じられてる.南アフリカで最近開かれた BRICS サミットでは,新たに6ヶ国が仲間に迎え入れられた:サウジアラビア,イラン,アラブ首長国連邦,アルゼンチン,エジプト,エチオピアだ.サミットの前に,仲間入りに名乗りを上げていた国は19ヶ国あったんだけど(インドネシアなど一部の国はのちに取り消した),そこから6ヶ国にしぼられた.今後,BRICS が加盟国を2つの層にわけて,一部の国はたんなる「パートナー」になるのかどうかはわからない.ただ,実際の経済政策に関して BRICS がほんとはなにもやらないことを考えると,それが重要なことだとはあまり思えない.
「じゃあ,なんで BRICS はこれほどまでにメディアで注目されてるの?」 ひとつには,地政学的ブロックとして――ことによると軍事的ブロックとして――BRICS が台頭しつつあると考える人たちが一部にいるからだ――世界規模の反 NATO ブロックを形成して,合衆国の派遣とと西洋の優位などなどに終止符を打つことになると,そういう人たちは思ってる.たとえば,経済学者のブランコ・ミラノヴィッチは,先日こんな風に書いてる:
もちろん,これはナンセンスだ.たしかに中国とロシアは民主主義の先進諸国に対抗する同盟に近い関係をつくっているし,インドは冷戦時代の協調関係にさかのぼるロシアとのいくらか友好な関係をいまもつづけている.でも,インドと中国は戦略的なライバルであって,同盟関係にはない.この両国はときに国境紛争で血を流していて,定期的に「緊張緩和」の協議をしているけど紛争の火種を消せずにいる.インドは中国製アプリをたくさん禁止しているし,中国製品の輸入を制限しようと動いている.それによって合衆国との経済的・戦略的な協調関係を深めることになるにもかかわらずだ.
インドと中国の緊張・対立は,インドの世論にありありと見てとれる.アジアその他の地域で多くの国々に見られるのと同様に,インド世論もこの数年で強く反中国に移ってきている.それどころか,ブラジルも中国に対して以前ほど好意的でなくなっている:
BRICS が反 NATO になりそうにない理由として,いちばん明瞭なのがこれだ.この他にも,理由はある――サウジアラビアはいまも合衆国の同盟国だし,ブラジル・南アフリカ・エチオピア・エジプト・アルゼンチンみたいな国々は,大国どうしの衝突に関わりたいなんて欲求をほぼもちあわせていない.ロシアとイランは民主主義の先進国に対立して中国と同盟したがっているかもしれない.でも,残りの国々にそんな関心はない.
また,BRICS は基本的な価値観でも一致していない.インドとブラジルは民主制にすごく大きな値打ちをおいているのに対して,中国・ロシア・イランには屈指の独裁者たちがいる.BRICS と G7 はよく比較されるけれど,そういう比較はうまくない.G7 諸国は民主的な理念をひととおり共有してる.
こういう価値観のちがいは,BRICS 諸国どうしの緊張関係に表れている.BRICS 加盟国を広げる動きを中国が見せるのに対して,インドとブラジルは抵抗しようと試みてる:
こういう事情を見ると,BRICS は中国主導の他の組織に少し似てるように見える――反 NATO になるだろうとかつて目されていた上海協力機構に少し似ている.上海協力機構にも,中国・ロシア・インド・イラン・サウジアラビア・エジプトが「対話パートナー」として加わっていた.上海協力機構は,なんの権力も意義も実際の具体的なイニシアティブももたない結果に終わった.その理由も,やっぱりインドと中国の緊張関係だった.(というか,すごく斜に構えて見ると,中国主導の組織に加盟してその実効性を無力化するインドの戦略がここに見えるかもしれない.) 地政学的な観点で見ると,BRICS は上海協力機構とそっくり同じ顛末になりそうに思える.
加盟国どうしの緊張関係がひとつの理由となって,ロシアが提案したことを BRICS はけっして成し遂げそうにない.その提案とは,アメリカドルにとってかわる共通通貨の創設だ.インドが中国製アプリを国内で利用できるようにすらしないんだったら,インドルピーと人民元を統合する方法なんてありっこない.それに,中国は他の BRICS 諸国に比べてずっと大きな経済大国だってことを考えれば,共通通貨制度をつくると,ブラジル・インド・サウジアラビア・アルゼンチン・エジプトなどなどから金融政策の独立を奪うことになってしまう.ロシアとイランは,経済と金融システムに厳しい制裁を受けている.この2国にとっては,自国通貨を人民元にすることに利益を見いだせるかもしれないけれど,他のどの国もそこはちがう.はっきり言って,BRICS 共通通貨なんてモノにならない.
じゃあ,もっと一般的に,共通通貨なしでもアメリカの金融優位にとってかわるのはどうだろう? この点に関しては,国際金融システムがどういう仕組みになってるかってことについてありがちな誤解がいくらかあると思う.IMF とか世界銀行みたいな多国間機関があって,貧しい国々にお金を貸してる.こういう機関は,現在のところ西洋に支配されてる.でも,貧しい国々にお金を貸すことに関しては,いくらかでも独占に近い状態になってはいない.中国だって,すでに自分たちで大量に貸し付けてる.
というわけで,BRICS が実際に「緊急融資枠」(Contingent Reserve Arrangement) をうまく軌道に乗せて IMF/世界銀行に代わる選択肢に仕立て上げられたとしても,それで世界の金融システムが現状から大きく変わったりはしない.実際問題としては,そういう仕組みによる融資は,北京で政治的に決定されるだろうし,中国のそれと同じように機能するだろう――つまり,大してうまくいかないだろう.「債務トラップ外交」に関与して多くの貧しい国々の恨みを買うような真似は,インドとブラジルにとっておそらくいやだろう.だから, IMF や世界銀行に似た貸付をBRICS がやることにインドとブラジルは制限をかけようとするとぼくは予測してる.
準備通貨/決済通貨や多国間の貸付制度として役割をドルは果たしているけれど,それ以外には,国際的な金融システムにそれほど多くのことはない.他に大きなものは SWIFT みたいな世界的な決済インフラしかない.ウクライナ侵攻後にロシアに金融制裁を加えたとき,合衆国とヨーロッパはこのインフラへのアクセスを制限することで影響力を行使できることを示した.ただ,そういう金融制裁の効果が続いたのはせいぜい1年ほどで,やがてロシアが支払いや支払いの受け取りをする他の方法をみつけると効果はなくなった.これは,西洋の武器庫でいちばん恐るべき金融面の武器だった.
さて,西洋あるいは合衆国による世界金融システムの支配と世の中で考えられてるものには,実はそう大したものはない――つまり,BRICS がとってかわるべきものなんて,そもそも大してないわけだよ.世界の金融システムで合衆国は過大な役割を果たしているけれど,その役割がなんで存在するかといえば,その主な理由は利便性であって,覇権じゃない.この点を理解するには,BRICS の新開発銀行がその借り入れの大半をドルでやってる様を見ればいい.べつに合衆国が強いてドルを使わせてるわけじゃない.ただドルの方がかんたんにすませられるからだ.
西洋の報道で BRICS について心配してることはあと一つだけある.それは,BRICS ブロックによって途上国に対する中国の経済的影響力と指導力が堅固になってしまうという点だ.Kynge はこう書いている:
間違いなくこれは中国の指導者たちが念頭に置いていることだ.
さて,もしぼくが中国の外相だったなら,自国がこれからもずっと先進国の水準にまで達しませんよなんて吹聴してまわったりはしない――中所得国の罠にハマるのがイケてることだなんて思う人はいない.ただ,途上国のあいだで自国のイメージが悪化していることと輸入が伸び悩んでいることを踏まえて途上国の経済ブロックのリーダーになる方に中国が切り替えうると中国が考えているのははっきりしている.
でも,新参も含めて BRICS 諸国を見てみると,実際に急速に発展している国はほんのわずかなのがわかる.大半は天然資源の輸出国で,その所得水準はさまざまに異なりつつも,横ばいが続いている.中国をのぞくと,過去10年ほどのあいだに顕著な経済成長を見せたのはインドとエチオピアだけだ.
すでに触れたように,インドは中国と経済でライバル関係にあるから,中国が利用できる BRICS 諸国の急速な経済成長の潜在力という切り口でみると,候補はエチオピアしか残らない.そして,エチオピアは内戦にまでときに進展してしまう深刻な政治的不安定によって分裂している.
いま世界の経済成長の潜在力の多くは南アジアと東南アジアにある――インド,バングラデシュ,インドネシア,フィリピン,ベトナムなどなどの国々にある.でも,インドをのぞくと,そうした国々は BRICS に入っていない.それに,そうした国々に対中世論はほんのり非友好的なものからあけすけに敵対的なものにまたがっている.中国のアジアにおける領土・覇権に関する野心が強まるにつれて,こうした国々はだんだんインド,日本,アメリカ,ヨーロッパ,そして自分たちどうしの方へ引き寄せられている.いまも中国からの投資と財〔の輸入〕を歓迎している国々も一部にあるけれど,そうした国々も中国と競合関係にある民主主義国の投資・貿易の関わりをつくってバランスをとろうとしている.それに,中国経済の減速にともなって,途上国のあいだで中国の存在感は大きく減りそうだ.ブラジルではすでにそうなってる.
というわけで,BRICS から西洋の報道が受け止めている脅威は,あらゆる点で本質的にまがいものだ.もっと眼識のある識者たちのあいだでは,BRICS が上海協力機構 (SCO) みたいなものになる見込みが大きいとみられている――その名称にはなんのための組織なのかを表す語句が抜けてる一方で,地理経済的な権力をぼんやりと表してこそいるものの,その権力はいっこうに現実のものにならずじまいの組織にね.
[Noah Smith, "BRICS is fake," Noahpinion, August 27, 2023]
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