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🎥『安魂』を観ました

2022年1月19日 
岩波ホール にて

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悲しき未来

『過分なものを求めれば、悲しき未来が待っている』
主人公の作家、唐大道(タンダーダオ)の息子が少年だったころ、
占いのおじいさんに言われた言葉だ。

はたして、その少年、英健(インジィェン)は29歳の若さで脳腫瘍のため、突然命を落とす。
彼はどんな“過分”なものを求めただろうか?

成功者である父親のようになりたいとがむしゃらに仕事をしたこと?
好きだったサッカーも止められたし、たぶん人生の勝者になるために不必要だと父親が判断したものは全て取り上げられてきたのだろう。
それでも、大きく反抗することもなく、父親の期待に応えることに一途な様子だった。
好きになった女性を父親に紹介するまでは。

彼女、張爽(ヂャンシュゥァン)は農村出身の女性だったため、
息子の将来に釣り合わないと唐大道はその結婚を許さなかった。
「こうなることはわかっていたわ。私のために英健の家族が混乱することは望まない」と身を引く決意の張爽。
英健が倒れたのは、そんな張爽が乗った夜行バスを見送った後のバスターミナルでだった。

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英健

英健は父親に認めてもらいたくて、ただひたすら父親のような成功者を目指して猛進していた。
はたから見ている、友人も心配するほどに。
疲れ切った彼の姿からは幸福感はうかがえない。
その姿こそが“悲しき未来”だったのではないだろうか。

もし、彼が死ななかったら、反対されても張爽との結婚は諦めなかったように思える。
そこを気づきとして、彼は父親からの自立をはたし、真の幸福を得るに至る成長物語があったのではないか。
しかし彼は病に倒れる。
魂が抜け出る体験から彼はもう死を覚悟している。

「お父さんは自分の心の中のぼくが好きなんだ」
目の前にいる息子をあるがまま受け入れてほしかった。
本当に伝えたかったことを口にして英健は命を閉じる。

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安魂

安魂とは「魂を安らかにすること」。
息子の死によって心かき乱され、苦しむ唐大道は、結局何によって心が救われるのか。
完全な救いというものはないのかもしれない。
「時間」という救世主によってだんだんと苦しみがほだされていくこともあるのかもしれない。

ところで私はこの映画では“救い”について三つのことがあったように思う。

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一つめは妻の愛情。
息子を失う悲しさは妻だって同様だし、「いつだってあなたが先に決めてしまう」と夫に言うくだりでもわかるように、唐大道の独断的な行動に異を唱える気持であったのは亡くなった息子だけではなかったはず。
降霊術に猛進していく唐大道に対して、いよいよ我慢のできなくなった妻は家を飛び出してしまう。
しかしそうしながらも夫の苦しみを気遣い、裏で劉力宏に息子の生前の情報を伝えて、詐欺の片棒をかついででも、夫と亡き息子とのつかの間の交流を図ろうとする。
こうした妻の行動を後で知る唐大道だが、その時改めて自分に想いを寄せてくれているものの存在を痛感したのではないだろうか。

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二つめは生きている者の温もり。
死別により心も身体もどうしようもない空虚に苛まされるとき、
温かい肌の温もりが不思議なくらい安らぎを与えてくれることがある。
劉力宏は唐大道との交流から人生を見直し、詐欺から足を洗うことを決断。唐大道は別れ際に「抱きしめていいか」と青年に伝える。
生きている者には、やはり生きている者の温かさが必要なのだと強く思う。理屈ではないのです。

三つめは新しい命である、孫の存在。
英健が亡くなって1年後、唐大道夫婦と張爽は、笑顔でサッカーの試合を観戦している。
膝には息子の忘れ形見の赤ちゃんが。
これほど強烈に唐大道を救ってくれる存在はないのではないかな。
この孫の存在が今までの唐大道の生き方を変えていき、自分が変化することで、亡き息子への向き合い方も変わり、心も整理されていくのだろう。

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祈り

映画の中では終盤に小さな奇跡が描かれます。
しかし、実際には心の再生につながるのはそういうことではないと思う。

仏教の経典の中の詩に「一夜賢者の偈(げ)」というものがあるそうです。過去は追うな、未来は願うな・・・という言葉から始まるものです。
ただ今日すべきことを熱心になせ、と説かれています。
明日に命があるかどうかわからないことを意識して、昼夜おこたりなく励む人を“一夜賢者”というそうです。

奇跡があってもなくても、大切なのは、先に逝ってしまった相手のことを大切に思う気持ちと祈り。
そして、生きていくものは過去や未来を生きるのではなく、今を生きよと。

唐大道が息子英健を自転車に乗せて、川原を走るシーンがあります。
前かごにはサッカーボール、少年英健は凧に興じながら二人は笑顔という幸福なシーン。
人生ってなぜこんな幸福が続かないのでしょうか。
過去は追うなというけれど、まだまだ一夜賢者になれない私です。

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