【現代語訳】北村透谷『我牢獄』

冒頭部分を訳してみました。底本は青空文庫。
https://www.aozora.gr.jp/cards/000157/files/43505_18571.html


もし俺にどんな罪があるのかを問うのなら、俺は答えることができない。しかし俺は牢獄の中にいる。もし俺を捕縛したのが誰か問うのであれば、俺は知らないというしかない。俺は生まれつき怯懦だから強盗殺人の罪を犯すような勇猛心などなく、豆粒ほどの虫を殺しても心に深い傷を受けたかのような心地だのに、法の手で捕縛されるようなことをするわけがないのだ。政治上の罪は世人が羨むと聞いたが俺は別に嬉しくもなく、一時の利害にこだわって、虚しく抵抗することは俺のできぬ相談だ。つまり俺は知りもしないし、悟ってもいないのだ、どんな罪で拘束の身になったかを。

しかし事実として俺は牢獄の中にいる。今更その年数を数えるのも面倒なんだが、とにかく俺はわずか数尺の牢に閉じ込められつつある。俺が投獄された獄室は普通の獄室とは違って全くの一人きりで、古代の獄吏も、近世の看守も、俺の獄室を守っていない。
獄室の構造も随分世の監獄とは違って、まず俺が座っている、いや座らされているところというのが天然の岩で、囲んでいるのは堅固な鉄の塀、俺を繋いでいるのは鋼鉄の鎖、加えて東側の端には倒れかかっている岩が俺を脅かし、西の鉄窓にはでかい悪蛇が棲んでいや恐ろしい、それで前には猛虎のいる檻があって俺のいる室内に向かってその戸を開いていて、後ろにはかのインドあたりにいるという毒マムシの尾の鈴が、絶え間なく俺の耳に響いてくる、とまあこんな有様なのだ。

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