見出し画像

Distanece -4/4

3/4を書いてから大分経ってしまった。
世の流れは早い。
パリで何かやってたようだが、それも終わったみたいだ。

ボクシング界で言えば、テレンス・クロフォードが8月3日にイスラエル・
マドリモフ(名前はイスラエルだがウズベキスタンの選手である)を
3‐0の判定で破り、P4P1位に返り咲くかと思いきや、意外といっては
失礼だが、(P4Pの委員ってきっちり見てるなぁ)と思わされた。

ランキングに変動は無く、1位はヘビー級のオレクサンドル・ウシク、
2位がナオヤ・イノウエ、3位クロフォードのままである。

判定は3‐0だったが、試合内容はクロフォードのワンサイドというもの
では無かった。
クロフォードは攻撃をうまく捌きながら、コンビネーションで攻め立てる
場面がいくつも見られたが決め手を欠き、逆に捌ききれずに攻めこまれる
場面が度々見られた。

マドリモフは強い。
あのクロフォードをしばしば防戦一方にさせた。
次戦が楽しみで仕方ない。

さてはるか昔、7月21日に終わった試合の事を書いている奴など私ぐらい
なものだと思うが、もっとも書きたいと思っていた事をこのシリーズで
まだ書き始めてもいない。
競馬界でちょっとした事件が起こったり、個人的にもちょっとした事が
あったりで、(あ、そういえば)とようやく書ける時間が取れた今、
はて?何を書きたかったんだっけ?と頭の中をかき回している。

そうそう、”距離感”についてだった。

昔々、2024年に7月21日という日があった。
その日、WBCバンタム級タイトルマッチが東京の両国国技館という場所で
行われたそうな。

チャンピオン中谷潤人選手(26歳)vs
同級1位ビンセント・アストロラビオ選手(27歳)

試合は1R2分37秒、中谷選手のKO勝ち。
ボディ・ブロー一発でアストロラビオ選手は戦闘不能状態となり、
10カウント以内に回復する事ができなかった。

その時、何が起こっていたのかについては、1/4から3/4までの記事で
くどくどと述べているので、そちらを参照頂きたいが、各5000文字以上
の記事を3つも読むほど暇ちゃうゎ!という方がほとんどと思われる
ので、読んで下さいとはとても言えない。

簡単に言えば、中谷選手のボディブローをみぞおちやや下の部分でまとも
に受けたアストロラビオ選手の内臓は、胴体内部の激しい震動によって
一時酸欠状態となり、少しの間酸素を取り込む事すらできなかったので、
内臓が酸欠のまま回復に時間を要し、10カウント以内に立てなかった
のでは?という私の妄想を、微に入り細を穿って書き連ねている。

その時、中谷選手のボディブローが来た時、アストロラビオ選手はいかなる
対処をするにももう間に合わない、というタイミングだったと思われる。

「KOされたボディはパンチが見えず、今までになかった苦しさだった」

「こんなことを言うのは申し訳ないけど、中谷チャンピオンのパンチは
強くなかった。ただ、今日は彼のパンチが見えなかった」

試合翌日のアストロラビオ選手のコメント

インタビューでこう答えているアストロラビオ選手だが、私は中谷選手の
ボディブローの軌道を察知する事はできていたのでは?と思っている。

ナンバーwebより

以下、爺いの妄想という事でお読み頂きたい。

上の写真を見ると、顔面からみぞおち部分までアストロラビオ選手は
がっちりとガードしている。
そして自分に向かって伸びてくる中谷選手のボディブローを真正面から
受け止めようとしている、ように私には映る。
この一瞬前。

それまで一発もボディに打たず、顔面周囲だけを攻めていた中谷選手が、
目線をその顔面周囲に据えたまま左ストレートをアストロラビオ選手の
ボディに向けて放った時、中谷選手が自分の正面に向けてパンチを出し
たのがわかったアストロラビオ選手は、上の写真のように正面をガード
しようと両腕を寄せながら、その腕の隙間から中谷選手がどこに向けて
パンチを出したのか、見ようとしたはずなのだ。(妄想全開で書いてます)
で、見た。
(あれ?パンチ無いやん・・え?もしかして下にきてる?)

アストロラビオ選手は確かに中谷選手のパンチは見えなかったかも
知れない。
しかし、その軌道がどこに向かっているかを察知する事はできた
はずだ、と私は思っている。
(下かよおい!)
と察したアストロラビオ選手はガードをみぞおち部分まで覆える
ようにほんの少し下げた。
(おし!これで直撃は避け・・え?)

ガードのわずかな隙間から、アストロラビオ選手は中谷選手の
パンチがさらにその下に来たと直感した、と思う。
コンマ数秒とはいえ、その間にアストロラビオ選手の脳内は
次の事を考えたはずだ。
”ボディワークで胴体を少し動かして中谷選手のパンチのヒット
ポイントをずらし、ダメージの軽減を図るか?それとも多少
バックステップして距離によってパンチの威力軽減を図るか?”

コンマ数秒の間にそんな事考えていられるかぃ!とも思うが、
”世界ランカーレベルの20代のボクサーであれば、まして
1/4の記事に書いた不世出の名ボクサー、ギレルモ・リゴンドー
に勝つほどレベルの高いアストロラビオ選手のようなボクサー
であれば、反射神経でそこまで思考するはずだ”
というのが、私の妄想である。

みぞおちはガードでカバーできている。
ヒットポイントをずらす必要はない。
バックステップをすれば腹に力をこめられず、足を動かす事で
逆に腹から力がぬけた状態となり、そこにパンチを食らえば
そっちの方が危険だ。

で、みぞおちという一番弱い所をカバーできている事から
むしろまともに受けた方が一番ダメージが少ない、と判断し、
アストロラビオ選手は中谷選手のボディブローを自ら受け止め
に行った、ように私には映った。

結果は前の3つの記事に書いたような、震動で内臓が酸欠状態に
なり、10カウント内で立てなくなってしまったという妄想に
繋がる。

身長173cm リーチ176cm
身長165cm リーチ166cm

上が中谷選手のもの、下がアストロラビオ選手のものである。
10cmものリーチ差があるが、中谷選手のたちの悪さはそれに加えて
右ジャブの多彩さ(内側からも外側からも伸びてくる)、そのジャブ
をかいくぐれば右がフックとなって飛んできて、それがカウンター
になっている。
油断すれば、あの長い左ストレートが伸びてくる。
さらにそれら全てをくぐり抜けてインファイトに持ち込めば、中谷選手
はあの長い腕を折りたたんで、実に巧みなインファイトテクニックを
発揮する。

”どうしろってんだ!?”というのが、対戦者の本音ではないかと思える
のだが、この中谷選手、こうしたリーチの差をたんなる距離の差以上
のものに増幅させてしまう。

解説で元世界チャンピオンの誰かが言っていたが、中谷選手のパンチは、
タイミングがずれて来るのだそうだ。
受ける方からすると、ワン、ツーのツーが少し遅れてくる感じだそうで。
遅れてくるといっても、タイミングが少し遅れているだけでパンチの
スピードは速いまま来るのだから受ける方は対処しにくい事この上ない。

そしてこのタイミングのずれが、リーチ差を単なる直線的な距離以上の
ものにしていく。
1/4の記事の最初に書いた”距離感”、それが、狂ってしまうのではないか
と思える。

1ラウンド前半、顔周囲、上ばかり攻められたアストロラビオ選手。
ズレてくるコンビネーションのタイミングにアジャストし始めたところ
へ、中谷選手が左ストレートを繰り出してくる。
タイミングにアジャストできたばかりのアストロラビオ選手は、思わず
これまで通り顔面周囲への攻撃と決めつけ、両腕を上げる。
タイミングにフォーカスしているだけあって、ブロッキングのタイミング
は完璧だ。

が、中谷選手のストレートは視界に入ってこない。
”しまった!”とブロッキングの位置をみぞおち部分までカバーできるよう
とっさに修正するアストロラビオ選手。
ブロック位置が修正されるのを察知した中谷選手は、その下へとパンチ
の軌道を微調整する。
それを感じ取ったアストロラビオ選手は、瞬時にウィークポイントである
みぞおちをカバーできている事から、ボディワークとバックステップと
いう選択肢を斬り捨て、みぞおちほどダメージを受けずにすむであろう
下腹部で受け止める決断をし、その周囲に力をこめる。

この時、アストロラビオ選手は忘れていたのではないだろうか?
中谷選手のリーチが176㎝だという事を。

中谷選手の左ストレートが、アストロラビオ選手の下腹部にまともに
入った直後、アストロラビオ選手は両足を蹴ってほぼ一完歩分、
後ろへと自ら飛んでいる。
飛んだ後、”大丈夫、体がくの字に曲がるようなダメージは受けていない”
と思ったかどうか。
みぞおちに食らった時のような痛みもない、よし!・・と思ったところ
で、腰から下の力が全部抜け落ちるような感覚に襲われ、立っていられ
なくなった・・・のではないか?

このボディブローが、アストロラビオ選手の内臓を震動させ、酸欠状態
にさせたという事も含め、全ては私の妄想である。

中谷選手は、10cmのリーチ差という物理的な差異に、タイミングのズレ
というファクターを加える事で、単なる物理的な差異を感覚的な差異
(ズレ)として立体化した。

この立体化された差異(ズレ)を、距離感、と私は表現した。
立体化された差異(ズレ)の中で、その立体化にアジャストしようと
するアストロラビオ選手の意識から、一次元的な要素、つまり物理的
差異であるリーチ差が一旦棚上げされる。
それ自体に問題は無い。
しかし、中谷選手の左ストレートが下腹部に伸びてきた時、いつでも
おろすつもりでいた物理的差異は、タイミングのズレへの対処によって
棚卸しするスペースが、アストロラビオ選手の意識上にはもはや無かった
のではないだろうか。

このような妄想の中で、距離感とは物理的距離の事ではなく、立体的な
感覚の事なのだ、と私自身感じ取った次第である。
これまで何となくそう感じてはいたが、今回、明確な確信をもって
それをそう実感できた。

小泉進次郎的結末で、ここまでお付き合い下さった方には誠に申し訳
なく、ひたすらにお許しを願いたい。

なんと、書きたかった事はこれで終わりである。

(こんな結論の為に4つも記事を書いてきたんかぃ・・・)と、書いている
私が今、この世で最もおののいている。

これはnoteのいいネタになる!と勢いこんで書いてみれば。
文字にすると、何のオチもつかない、この愚にもつかぬ駄文が死屍累々と
膨大な荒野に折り重なる中・・・私は今、茫然と立ち尽くしている。

という事で一旦”距離感”については、完了とさせて頂く。

まったくもってお付き合い頂いた方々、あまりの馬鹿馬鹿しさに
もはや感無量なのではないか、とお察し申し上げ、心よりお詫びしたい。

最後に、中谷選手について書かせて頂く。

彼の入場にはテーマ曲として長渕剛さんの曲が使われている。
が、私は中谷選手から長渕さん的なハングリーさを感じないのだ。

中谷選手がハングリーではないと言っているのではない。
彼からハングリーさは十分以上に感じる。
が、そのハングリーさの中に、毒を感じないのだ。
ドロドロしたどす黒さ、みたいなものが感じ取れない。

必ずなければならないという事はないが、ハングリーさというものに、
えてしてそうしたどす黒さを感じる事が多い私は、
いつも少しばかり面食らってしまうのである。

インタビューに答える様子やリング上での立ち居振る舞い・・・。
その中に”邪気”というものがない。

無邪気なのだ。

中谷選手から感じるのは、いつも”無邪気さ”だ。
もちろん他にも色々感じられる部分はあるにせよ、いつももっとも強く
印象に残るのは、この無邪気さ、なのである。

その無邪気さが、私の対外意識にある人とのコミュニケーションにおける
距離感を狂わせる。

これについて、色々私なりに考察してみたのだが、現在既に4,600文字を
超えている。
またの機会としたい。

ここまで読んで頂いた皆さまに、感謝を。

そして感無量と思われる皆さまのその心中に、”またの機会”という余地が
残されている事を願いつつ。
余罪の多い私が請えるのは、もはやそうした皆さまの慈悲以外になく。
自費出版などという大それたのぞみも、もはや露と消え。
ただただつたない露命を日々繋ぐのみである。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?