母の癌、家業への復帰

不安定な聴力を抱えながらアナウンスやデモンストレーションの仕事が国賓や公賓の前で務まるはずもなく、また、一年ぶりに母から来た知らせは癌で手術をすると言うものでした。お利口さんの私が初めて親の処置に反発し、1年間音信不通の間の出来事で、約束通り私も年貢の納め時で再度家業へともどりました。

しかし、夫に離婚宣言された傷は深く、また長らくポツポツと副業で書いていた時間も取れず、新しい趣味の世界にいながらも、待った無しの生活。

さらにその年末、父が倒れいやがおうにも跡継ぎの自覚が出てきます。また私たち夫婦が不仲でも、夫が長らく家業に尽くしてくれた事実は変わりません。

両親とも和解、いやがおうでも会社は夫がその間まわすこととなり、夫にも親にも尊敬と感謝が湧きました。

(続く)

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