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ヒップスラストはいいぞ

ヒップスラストは股関節伸展を主とするエクササイズであり、股関節伸展筋群を集中的に強化するという点では非常に適しているエクササイズである。

股関節伸展は身体を前方推進させる力を引き起こすのに重要なファクターであるため、ヒップスラストはスクワットやデッドリフトのような「コア」(主要な)エクササイズに挙げられることは少ないものの、場合によって重要度は非常に高くなると考える。

また、2022年に発表されたハムストリング肉離れ後のリハビリテーションに関する推奨事項でも、股関節伸展筋力を強化するための介入としてヒップスラストが取り上げられていることは注目に値する(Hickey et al., 2022)。
これに関するサンプルビデオは公開されており、ここから視聴できる(リンク先動画につき注意)。

ここではそのようなヒップスラストについて、筋活動やスプリントなどのパフォーマンスへの影響という観点から分析してみる。

ヒップスラスト動作のバイオメカニクス

ヒップスラストに関するバイオメカニクス的分析として、Brazil et al. (2021)が挙げられる。

ここではバーベルの挙上のほとんどは股関節の伸展動作によってまかなわれおり、そして特に動作全体の25%の相で挙上動作に伴う力の要求が最も大きくなることが明らかにされている。
(挙げ始めを0%、終わりを100%として一連の動作を4段階に分けたときに、その1段階目で最も大きくなるということ)


接地されている胸背部および足部における反力の総量でみると、その外力は動作全体の約25%の相で最も大きくなっている。
図はBrazil et al. (2021)による。
動作を通じての各関節における運動学的・力学的分析を要約した図。
図はBrazil et al. (2021)による。

上の図を参照すれば明らかなように、外力と股関節によるパワー発揮の変化が非常に関連して生じている。

足関節における関節運動はほとんど生じていないことを考慮すれば、足関節靱帯損傷後などで足関節への負荷が制限される状況下でもヒップスラストによって股関節伸展筋群を強化するのに利用出来る可能性が考えられる。

また、ヒップスラストでは股関節の(特に伸展)モーメントは、25%の相を超えると徐々に減少していくものの、最終域においても伸展モーメントが生じることは注目される。
これは、スクワットにおいて動作の最終域(すなわち直立位に近い状態)では伸展モーメントがほとんど0になるという事実とは対照的である(Southwell et al., 2016)。

ヒップスラストと他exの筋活動比較

ヒップスラストにおいて筋がどのように活動しているかというのは、他エクササイズと比較しての筋電図研究がほとんどである。

vs. バックスクワット

Contrerasらは、トレーニング経験のある健康な女性13人を対象として、バックスクワットとヒップスラストにおいて推定10RMの重量を用いた時に大臀筋や大腿二頭筋、外側広筋の活動にどのような差が生じるかを調査した(Contreras et al., 2015)。

これによれば、大臀筋上部・下部大腿二頭筋においてmean/peakともに筋活動(%MVICによる評価)はヒップスラストの方が大きかった。外側広筋については有意差は認められなかった。

各筋群における筋活動の程度をEMGで計測した結果(値は%MVICを指す)。
UGmax:大臀筋上部線維、LGmax:大臀筋下部線維、BF:大腿二頭筋
Contreras et al. (2015)を基に作成。

バックスクワットに対してヒップスラストで股関節伸筋群を優位に活動させることができるという結果は、後続するDelgado et al. (2019)でも示されている。しかし、この研究ではルーマニアンデッドリフトでも同様の臀筋群の優位性が見られることも指摘されている。

この結果を基に、臀筋群を賦活させるのにスクワットではなくヒップスラストを利用すべきと解釈するのは注意すべきである。
一口にバックスクワットといっても、そのバーポジションによって筋活動が異なる可能性も指摘されている。一般的に、バーポジションが変化すると下肢三関節におけるバイオメカニクス的動態が変化し(Glassbrook et al., 2017, Glassbrook et al., 2019)、下肢や体幹部の筋活動もそれに伴って変化するとされる(Glassbrook et al., 2017, Park et al., 2021)。

ハイバーとローバーで筋活動を比較したParkらの研究では、重量にかかわらずハイバーでは特に大腿四頭筋の活動が大きいことが指摘されていることを考慮すれば(Park et al., 2021)、バックスクワットと比較する場合にはそのバーポジションを考えなければならないといえる。

vs. デッドリフト(とそのバリエーション)

Andersenらは、バーベルでのデッドリフト(DL)、ヘックスバーでのDL、ヒップスラストにおける大臀筋・大腿二頭筋・脊柱起立筋の筋活動を調べた。

各エクササイズにおける上昇・下降フェーズにおける大臀筋(左)・大腿二頭筋(中央)・脊柱起立筋(右)の筋活動を%EMGで示したもの。□=バーベルDL、■=ヘックスバーDL、〇=ヒップスラストを指す。
図はAndersion et al. (2018)による。

ここでは、大臀筋の活動はヒップスラストの挙上フェーズで特に大きくなり、また大腿二頭筋の活動はヘックスバーDLに比べてバーベルDL・ヒップスラストの挙上フェーズで高くなると示された。

その他、ルーマニアンDLとの比較については、先引したDelgado et al. (2019)がある。

その他のDLのバリエーションとの直接的な比較は管見の限り無いようであるが、DLとそのバリエーションでの筋活動比較に関するsystematic reviewであるMartín-Fuentes et al. (2020)からは、間接的な示唆を得ることができるかもしれない。


スプリントパフォーマンスへの影響

その全体像

ストレングストレーニングとスプリントパフォーマンスの関係の中で多く言及されるのはスクワットのパフォーマンスとスプリントパフォーマンスの関係性であるだろう。
これについて、例えばSeitz et al. (2014)ではスクワットの1RM向上の程度とスプリントタイムの向上の程度に関する相関分析を行っており、これによれば両者の間には大きな相関があるとされる。(すなわち、スクワットの1RMが向上すればスプリントのタイムが短くなる傾向にあるということ)

一方、サンプルサイズはスクワットに遠く及ばないものの、ヒップスラストに関しても同様の研究がなされている。

バーベルヒップスラストにおける筋活動およびパフォーマンスへの転移に関するNetoらによるsystematic reviewでは、いくつかの研究ではスプリントパフォーマンスに影響を及ぼさないと結論づけられているものの(例えばJarvis et al., 2019など)、多くの研究で概ねヒップスラストによるスプリントへのポジティブな転移が見られたことが示されている(Neto et al., 2019)。

さらに、Williams et al. (2021)では、バーベルヒップスラストによって出力される力とスプリントにおけるピーク速度の間に有意な相関関係があることが示されている(r=0.687, p=0.014)。

考えられる理論的背景

このような効果が生じる理由のひとつに、ヒップスラストにおける腰仙部および股関節伸展モーメントが、スクワットと比べても非常に大きくなることがあるかもしれない(Otsuka et al., 2021)。

バックスクワット(BS)、ヒップスラスト(HT)、デッドリフト(DL)におけるそれぞれの動作中の股関節伸展モーメントの遷移を示した図。
図はOtsuka et al. (2021)による。

実際、スプリント動作においても荷重初期(1スイングを100%として0〜25%の相)には股関節伸展方向の内的モーメントが非常に大きくなるほか、さらに速度が高速であればtoe-offの前後(走行周期の40%付近)でも一度増大することが示されている(Schache et al., 2019)。

Aが股関節伸展モーメントを指す。緑→赤→青の順でスプリントの速度が高速。
図はSchace et al. (2019)による。

また、股関節伸展として生じる内力のベクトルがスプリントとヒップスラストで一致することも、その転移には関係している可能性がある。
スクワットでは股関節の伸展の運動面に対して直交するような内力を要するのに対して、ヒップスラストでは運動面と水平に内力が発揮される必要がある。

しかし、スクワットと比較したときのその効果に関して定性的に評価をするのは難しい。
先引したWilliams et al. (2021)では、スプリントにおけるピーク速度とその他変数の相関としてはヒップスラスト動作時の水平方向への力とGRFにのみが有意な相関として認められたとされるが、実際に長期的な介入によるパフォーマンス変化を追跡した結果については明らかにならないことに注意する必要がある。


References

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