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暖かい藁の上で死にたい

一日の陽を浴びて、芯までぬくぬくとなった藁の束の上で死にたい。
3歳か4歳か、60年以上前の記憶だ。
父は脱穀機を踏み、舞い上げた藁のほこりの向こうに見える。
母が大声で父に話しかけているが、かき消されている。
拾った落穂を焚き火にくべると米が白く弾ける。甘く香ばしい。 
田んぼを走りまわって、落穂ひろいにも飽きて、畦に積み上げられた藁の束の上に大の字となる。空と太陽しか見えない。瞼を閉じても太陽が見える。藁は芯まで暖かい。眠りに落ちる。
仕事を終えた父が私を抱き上げる。父も陽を浴びた藁の匂いがする。
あまりの心地よさに眠ったふりを続ける。
この藁で父は今晩縄をなうのだ。 

力強かった父も、ふくよかだった母も年をとり小さくなって死んだ。

暖かい藁の上で死にたい。何を成し遂げたかなど考えない。ただ藁の匂いと暖かさを感じる。
父は空の上から降りてきて、私を抱き上げてくれるだろう。
私の名を呼ぶ母も一緒だ。

藁は神に近い。その時が来たら暖かい藁の上で死にたい。

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