わからないことは面白い

ブルーピリオドにハマりました。
ここ数年で1番面白いアニメだった。
漫画も買います。

んまぁそんで、芸術に向き合うきっかけをもらったんですね。
幼い頃から美術館行ったりしたけど普通に意味わからんよな。
太陽って題なのに太陽の描写はひとつもない。
なんなら題名すら意味わからないのもある。
人間って答えを求めがちで答えがないものを
つまらないと評価して捨ててしまう。
まさに芸術とはその対象。
表現の仕方に型がない。
相手に伝わるようにと言うよりかは自分の思いを自分が感じたように表しただけ。
その汲み取り方は自分次第、そもそもラインでさえ言葉の意味に行き違いが起こるんだから伝えたいことを100%全員に伝えられるものなんてないと思う。
だから芸術は自分の表現、感じ方の幅を広げてくれる。
たとえ絵を見てわからなくたって一種の表現方法として認識はできる。
芸術はいつもわからないもの。不安定な存在。
ただそれを確立させる手段はある。
それこそ個人の見方や考え方。
最高に自由な存在っていうことをブルーピリオドを見て感じた。

芸術って括りで音楽だってそうだと思う。
今まで流行りの音楽、最近でいえば変にノスタルジーな曲やらいわゆるエモい曲が世の中にたくさんあるけれど
全て毛嫌いしてた。
もちろん一度は聞く。必ず。
ただ聞く前から自分の固定観念で嫌ってる。
聞いた後でも良かろうが必ず評価はバツ。
嫌いっていうジャンル分けをしていた。
ただ、これは自分がこの音楽性を許容してないだけじゃないか?理解できてないだけで理解できたらきっと好きになるかもしれない。そのきっかけを自分で潰すのは良くないと感じ始めた。改心したのだ。
まぁ未だにそれっぽい雰囲気の曲には苦手意識があるが、 

ただ、もう完全に苦手。見たら嫌いすぎて人生もつまらなくなると思ったものは見ないし聞かない。
芸術面ではそういうことはないのだが、ホリエモンやら
ひろゆきなどの評論家的な人間やら成功する方法など
ほざいてる自称成功者など。
こういう人間はまず誰かを否定するし偉そうで不快感しか生まない。自分の人生に泥を塗りそうな可能性のあるものからは自分から距離を置きたいところだ。

自分は面白い人間が好きだ。
芸人さんも個性的なYouTuberも芸術家も
他の誰かはわからないかもしれないけど自分だけはわかる面白いことを追求している。
それが伝われば成功するし、失敗したってその活動に何一つ間違いはない。それを面白いと思う人に伝わってない、もしくはまだそれを面白いと思える人間が少ないだけ、成功への途中でしかない。

お金も友達も恋人もあってもなくてもそれは人間のステータスにはならない。
人生という芸術作品を作り上げるためには
可能性だけで十分じゃないか。

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