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チバ先生

先日は午後から
全くシゴトにならなかった。
私がティーンの頃の青春
チバユウスケ氏が亡くなったとの
ニュースがあったからだ。
4月に食道がんの闘病を公表してから
覚悟はしていたものの
まだ信じられない。
彼の直近のインスタには
「近々」と一言あった。
それは召されることを意味していたのかと
思うと胸が苦しくなる。
Jポップをフツーに聴いていた
25年前?のヘッポコ中学生の時に
ラジオから流れてきた
ミッシェルガンエレファントの
ジャッキジャキのロックンロール。
えっ!こんなやかましいのアリ!?と
純粋にそう思ったことを覚えている。
キャンディハウスから
リリィを聴いてどハマりした。
自分はこういう音楽が好きなのだとわかり
色々なロケンローを聴き始めた。
高校生の時に赤坂ブリッツに
ミッシェルのライブを観に行った。
それが人生初のプロのライブ観戦であり
とんでもねー音圧と迫力にヤられた。
ついでに耳もヤられた。
大学生になってからも
仲間達とライブに行きまくった。
ミッシェル後期はギターアベフトシの
鬼カッティングが少なくなり
バンドマジックが抑えられた感もあり
ライブに遠のいたこともあったが
解散ライブは観とかなきゃと思い行った。
一曲目のドロップと言う曲の音が鳴った瞬間
ミッシェルは今日死ぬのだと悟り
体の力が抜け膝がガクっと
なったことを覚えている。
デビューシングルの世界の終わりで
その世界を終わらせた解散ライブは
あまりにも美しかった。
一つの時代が終わったなと
周りの人達も話していた。
ROSSOはミッシェル解散前の
スリーピースの時に新宿ロフトで観たが
思い返せば最後にリアルでチバを観たのは
ミッシェルの解散ライブであり
バースデイは一度も観なかった。
彼の出す新しい音源は必ず聴き
好きな曲もあったが私はただただ
ミッシェルキッズだったのかもしれない。
彼が歌詞の中で描く世界は超現実的だ。
特にミッシェルの時はそんな気がする。
意味不明のようで独特の世界があった。
ただのロケンローでは確実になかった。
強烈なメッセージも時にはあった。
レコードジャンキーであり
色んなイカす音楽も教えてくれた。
10代と言う最も多感な時期に
ファンになったアーティストは
好きな音楽が広がりまくった今でも
貴重でその思い入れは唯一無二だ。
何かで代替できるものではない。
訃報を聞いて追悼を込めて
音源を流していたら
どーにもこーにも涙が止まらなくなり
横になっていたら
子供達がどうしたの?と聞いてきたので
両目にティッシュを詰めてもらった。
闘病本当に辛かったと思う。
ありがとうチバ!
あなたのロックンロールは
これからも世界で
いつまでも鳴り続けるでしょう。
安らかに眠れ。

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