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「おみくじの和歌」がクラウドファンディングの為だって知ってた?

「おみくじの和歌」誰が詠んだのかワカランじゃイカンだろ! 

神様のお告げは「御御籤」から、と口をすっぱくして日々お伝えしていましたが・・・


和歌の詠み人が不明・・・和歌の出典が不明・・・


そんなことあっていいのか!そんなことイカンでしょ!

と、バーバラ真っ青。


というのも、先日

風吹けば 風ふくままに 港よしと 百船千船 うちつどいつつ

かぜふけば、かぜふくままに、みなとよしと、ももふねちふね、うちつどいつつ

というお告げで運気の流れを鑑定させていただいたの!

この、詠み人不詳の和歌。気になるじゃ、ありませんか!

調べたところ


現在のおみくじのルーツは、明治38年(1905年)に遡るとのこと。

二所山田神社、21代目宮司、宮本重胤が、当時男性しかなれなかった神職に
女性も登用すべきだと訴えて大日本敬神婦人会を設立する。


この運動や機関誌「女子道」を発行する資金を捻出するべく、考え出されたのが「おみくじ」だったとのこと。


女性宮司さんがいなか、行するため、の資金捻出のため

今のおみくじが作られたなんて!


今で言ったらクラウドファンディング!


当時は、大きな神社が作る木版のおみくじしかなかったため、
全国の神社に喜んで迎えられた。


そして宮本重胤氏が、和歌の歌人であった関係から、おみくじにも和歌を入れた。


女子道社製おみくじの和歌は全て、21代目の宮本重胤氏(明星派)と、22代目の清胤氏(アララギ派)が詠んだということらしい。

この和歌は、宮本重胤氏と22代目宮司・清胤氏が
1000年を越える奉仕神社の杜に夜々に潔斎をしてこもりつつ、
神前に御祈願をこめ、ご啓示をたまわって書き上げた

そうだ。

神様のお告げの和歌をお詠みになるんですから、そりゃーそりゃ、禊としてアイスバケツならぬ、水垢離とかなさったんでしょうね?

失礼ながら・・・おふたりは、歌人としての知名度は低いけど・・・

おみくじの和歌を作ったんだから・・・・いまや

「もっとも詠まれている歌人」という事になりますよね?


こうして誕生したおみくじは、創設当時から100年も文面や
スタイルは変えられていない。


原版をもとに山口県の、とある印刷所の輪転機で印刷され、
手作業で折りあげられている。

昨今では文章が固いため、『現代風に表現を変えて欲しい』
と要望を出す神社もあるらしいの。


その一方では、『現代風にしないほうがおみくじらしくていい』という
声も多く、文章は昔のまま。

その一方で、最近の資料では、「おみくじの内容は5年に一度見直される」ともあった。

文面の内容が変われば、和歌も変わりそうな気がするが、先述の通り和歌は変更なしのよう。

知らない方が良かった…と思っているあなた!

神様に失礼よ!


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