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読書感想文【赤頭巾ちゃん気をつけて】

1969年 庄司薫著。第61回芥川賞受賞。
1968年暮れの東大紛争により東大入試が中止になり、受験を目指していた主人公、薫くんは明けて1969年2月9日、大学進学を止めることを決意する。
その日薫くんは、十年ぶりに風邪を引き、足の親指の爪を剥がし、飼い犬に死なれるという見事な不運っぷりを発揮するのだった。

終始主人公、薫くんの一人称語りなので、読みやすい文体ではない。
慣れるのに時間がかかるが、滔々と語られる若い悩みと衝動と苛立ちというものは、誰もが一度は感じたことのある感情であり、端々共感できる。
学生運動前の名門校、日比谷高校の自由すぎる校風(試験が年に二回しかない、生徒が受講する先生を選ぶ等)をキザで嫌味でわざとらしいと評し、しかしそれを一面では認めている主人公は、ある意味コウモリのようなどっちつかずで自己弁護に忙しい人間のようにも思える。
一方を評する時にもう一方から受ける批判を恐れて、どっちにもエエカッコをする中途半端な批評家のようだ。
だがしかし様々な思想が行き交う世の中で、それらを目の当たりにした若い心が懸命に「誰からの借物でも受売りでもない自分だけの考え」を得たいと願う姿勢が眩しい。

ラスト、偶然出会った小さな加害者(=生爪を剥がした親指を踏んづけた少女)とのやり取りは、無邪気さに救われる、という暗示だろうか。
世の中の道理やつまらないプライドや人付き合いなど、そういったものをまだ何も知らない小さな女の子からの「あなたも気をつけて」の気遣い。
学生の身で、五人兄弟の年の離れた末っ子で、受け身でいることが多かった主人公が、恐らくは初めて見返りを求めず施した親切に返ってきたもの。
それまで身の内で渦巻いていた激しい怒りの衝動を、一気に払拭するほど、彼にとって優しい出会いであったことが嬉しい。

青春時代に読んでいればまた違った印象があったのだろう、難解ではあるがまた読み返したいと思わせる深みのある本だった。
しかしながら序盤の女医とのやり取りは、どうも妄想のような安っぽいAVのような印象であまりいい気分はしない。


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