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読書感想文【ライオンのおやつ】

2020年本屋大賞第2位、初めての小川糸。
図らずもまた、余生の本。知人におすすめされて読んだ。

若くして余命を宣告された主人公が瀬戸内海にある島、レモン島のホスピスで残りの日々を過ごす話で、同じく最期を待つ他の人間たち(作中ではゲストと呼ばれる)のエピソード、特に最後に食べたい『おやつ』の話を交えながら、本の中では主人公の最期に向かって時間が流れる。

ゲストたちのおやつの話、どれも染み入るものだった。
味覚、食の記憶はつまり生きることに直結している。だから「もう一度、死ぬ前に」食べたいものは何かと記憶をたどることは、自分の人生を振り返ることと等しいのだろう。おやつに関するゲストの思い出は、ゲストたちの核となる記憶だ。
それほど特殊なおやつは出てこない。どれも一度は聞いたことのある食べ物である。『おやつ』という題名に惹かれてこの本を手にとった読者がその味を思い出すことは難しくないだろう。ゲストたち、他人のむき出しの生命の話を通して、自分の知っている味の記憶がより深さを増して蘇るような気さえする。
ホスピスのゲストたちが年老いた人たちばかりでないことも現実味を増すと同時に、味の記憶の濃度を高めることを助けている。
十歳足らずの幼い少女、三十を過ぎたばかりの主人公。たったそれだけの時しか生きられない彼らが、その短さの中で「美味しかった!」という記憶を精一杯味わおうとする姿勢が胸を突く。

「死にたくない」「もっと生きたい」と泣きわめき、その欲を認めることで主人公は死を受け入れようとする。待ち構える最期の時を前にただ頭を垂れて呑み込まれるまま突っ立っていることが「死を受け入れる」ことではない、と。そう結論を出しながらなお一層嘆く。人生これから、の若さで死に直面した女性の悲しみがリアルに描かれていた。
だんだん弱まっていく肉体の様もまた生々しく、特に排泄に関する生のありがたさは成程と思わされる。
確かに本のように生死に直結するものでなくとも、体調が悪い時は排泄が上手くいかなくて辛い思いをすることがある。健康であるということは肉体のサイクルが全て上手く回っているということだ。一つが悪くなれば全てが将棋倒しに狂っていく。人の体というものはなんと危ういバランスの上になりたっているものだろうか。
健康な時は排泄などはなんとも思わない。ただの毎日の一動作がこれほどまで自分の体にとって重要なことだったとは。日に日に壊れた部分が増えていく様子が我がことのように伝わってくる。

そうした描写はとても良く描かれていると思うが、病気になるより以前の主人公の心情描写や雑多なエピソードがやや乏しく、感情移入するには物足りなさを感じた。
主人公の父とその家族というのがとても良い人達で、良い人すぎてちょっと嘘くさいような、人間の厚みが不足している気もする。また所々スピリチュアルな展開もあり、他がリアルな分、説得力不足で返って素直に飲み込みにくい。単に読み手たる自分が捻くれているだけかもしれないが…。
良くある起承転結の流れとちょっと違っているな、という印象もあり、やや読みにくさを感じた。

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