「空白の終わり」は「批評の始まり」かーー藤田直哉『ゲームが教える世界の論点』(集英社新書)

本書で筆者は「ゲームを通じて世界の論点がわかる」「場合によってはその解決方法も模索できる」と主張する。論点として提示されるのは「ポストトゥルース」「分断」「革命と叛乱」「選択と集中」「歴史と神話」だ。各論点に1つの章が、各章はさらに2〜3の節に分かれ、各節で1作品、ゲーム論が展開される。ゲームのあらすじ、インターフェイス(どのようなプレイ体験がプレイヤーに要求されるか)、論点が詳述され、非常に読みやすい構成になっている。自分がやったことのあるゲーム評を確認しても良いし、これからやるゲームを選ぶ参考にしてもよいだろう。ただ、ゲームをやったことがある/まだやっていないという軸を超えた先を本書は射程に入れている。ゲームを習慣的にする人でも、まったくといっていいほどやらない人でも、ゲームが浸透している世界に住んでいる訳で、やる/やらないとは関係なく、ゲーム的な世界と日々、触れ合っている。本書は新書レーベルからでているので、おそらくゲームをまったくやらない人、紹介されているゲームを知らない人も読者にいるだろう。が、そのような人たちにとっても有意義なものであると思う。

ちなみに、私はゲームはやるにはやるのだが、持っているコンシューマー機はSwitchで、おもに(安い)インディーゲームをやる程度。メジャーどころだとMinecraftは少しやったが、あまりに依存性が強いので、マイクラ断ちをしている…。クリーチャー系の敵を倒すFPSが好きで良いのがあればやる。が、込み入ったストーリーのものは、追いかけるのがしんどいので、そもそもやる気が起きてこない。毎日やるわけでもないので、操作が複雑になってくると、やり方を思い出すのに時間がかかり、ますますゲームから遠ざかる…という人間である。がそんな人間である私が読んでも十分に面白いので、ほとんど/まったくゲームをやらない人でも読んでみてはどうか、と思う。

筆者は「現代ゲーム」という概念を提示する。「現代ゲーム」とはメディアへの自己批評、政治・社会・歴史を主題とするもので、内容によってはプレイヤーへ、ゲームをしている行為への自己反省・内省を促すことになる。これは、娯楽、エンターテインメント、プレイヤーの快楽を最大化する道具としてのゲーム、という「従来のゲーム像」とは対照的なものだ。カッコつきで「従来のゲーム像」としたのは、むろんゲーム論ではこのゲーム像に収まらないゲーム像を提示してきた敬意もあるからだ。が、ともあれ、「従来のゲーム像」とは異なる「現代ゲーム」は、「世界の論点」を提示し解決法を模索しうる。あとがきでも筆者は述べているが、ここには「大衆文化の自己修復力に対する一定の信頼」が見てとれる。

考えてみるに現在アート・芸術とされシリアスなもの、高尚なもの、研究の対象とされる表現形式も、かつては娯楽、俗、大衆、チープ、扇情的なものとされてきた。芸術が何かを定めるのが政治・社会・歴史であるならば、「現代ゲーム」も大衆文化でありつつ芸術表現でもあり得る事態は容易に想像できる。大衆的で子供じみたバカけた娯楽だったジャンルSFが、いまではシリアスなものとして鑑賞・研究されているのは、作家、読者のみならず、娯楽と芸術を意識的に接続しようと試みてきた様々な評論家の仕事がある。ゲームにおける藤田の仕事もその一つに含まれるだろう。(注:大衆娯楽が劣り芸術が優れている、という単純でヒエラルキカルな二項対立自体を問い直した結果であり、単に価値観を転倒させたわけではない。)

本書はおそらく意図的に言及していないのだろうが、現代のゲームの主要な部分である、スマホゲームやソーシャルゲーム(ソシャゲ)、オンラインでの同時複数プレイゲーム、Minecraft的な仮想空間でコミュニケーションが主体となるゲームも現代ゲーム的批評性をもちうるのか、もつとしたらどのような点においてなのかは考えていく「ゲームの論点」だろう。ゲームは、操作性(プレイヤーが能動的にコンテンツに関わる)、即時性(操作の結果がすぐにフィードバックされる)、依存性(刺激−反応の無限ループ)がある。筆者を注意を促しているがネットを中心に繁茂し現実にも行動をおこす陰謀論(Qアノンなど)は、上記の3点が濃縮されている。チラチラと画面がかがやくと、注意がそこへ向いてしまうのは、人間の本能に根ざした反応である(定位反応)。マイケル・ハリスが『オンライン・バカ』で、絶えず人から注意を奪うように設計されているインターネットを「空白の終わりthe end of absence」と呼んだが、ゲームもまた然り、だろう。人の批評精神が「空白」にのみ宿るのか。それとも「空白の終わり」の先にゲーム的な批評性が広がっているのか。まだまだ現代ゲームの冒険は続いていく。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?