SF×ミステリ、近未来に起こりえる5つの物語――井上真偽『ベーシックインカム』集英社文庫

SFとミステリは実は相性が良い。SFは世界観の骨格に科学があり、ミステリのそれは論理である。SFの科学は現在の科学の延長なので、仮定「もし~なら」やフィクションが入り込むが、読者に「十分に起こりえるかも」と感じさせるには、現在と未来をスムーズに延長させる必要がある。したがってSFとミステリの相性はよい。のだが、傑作はなくはないが、思ったほどに数は多くないように思う。これはSFとミステリ、それぞれの職人技が日知用とされるからだろう。相性はよいのだが、SFとミステリ、それぞれ異なるものが求められるからだ。本書は、そんな職人技が求められるクロス・ジャンルの傑作である。

本書に入っている5つの短編は、それぞれ1つのSFガジェット(道具、設定)が用いられている。そのガジェットがもたらす人間・社会の変化と、現在の私たちの感覚のズレが、ある種の叙述トリックとして効果を発揮している作品もあるので、ガジェットを詳細に説明することができない短編もある。差しさわりのない範囲で紹介すると、「もう一度、君と」はVR怪談にはまっていた妻が突然失踪し、その真相を知るために妻と同じVRを体験する男の話。「目に見えない愛情」は視覚障害を持つ娘が、手術によって視力を取り戻すだけではなく、可視光線以外もみえるように能力強化(エンハンストメント)したいと言い出したことに、「ある理由」から困惑する父が描かれる。

これらは、以前に紹介した村田紗耶香の描く、私たちの社会とは異なる(近未来の)社会と通じるものがある。変化を経験した後の世界では連続と感じられ、世界は延長しているように思えるが、変化を経験せず夢想するだけの私たちにとっては断絶にしか思えない。連続/断絶の陥穽にミステリの謎を生じさせたのが、本作である。(2020年3月21日)

追記(2024年7月5日)

SFミステリなのかミステリSFなのか。単に表記だけの問題ではなく、SFとは何か、ミステリとは何か、について論じた評論がある。限界研の同人誌に収録され、文学フリマで販売した。興味がある人は、どうぞ。(といっても、通販しているわけではなく、残部も僅少らしい…)どこかに再録したい。

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