緊急事態

閑古鳥が鳴いているカーディーラーに一人の客が現れた。
ディーラー「いらっしゃいませ」
客「車をその日のうちに乗って帰りたいんだが?」
ディーラー「書類の確認と申請に時間がかかりますので難しいです」
客「俺には今、必要なんだ。早くしてもらわないと困る!」

何やら男は焦っているようだった。
不思議に思ったディーラーは理由を尋ねた。
ディーラー「どうしてそんなにお急ぎになるのですか?」
客「妻が急病で倒れたんだ。だから今すぐ必要なんだ」
ディーラー「それは大変ですね。でしたら今すぐ救急車をお呼び致します。場所はどちらですか?」
客「いや、救急車はいいから車を売ってくれ。緊急事態なんだよ!」

ディーラーは状況が飲み込めない。
緊急事態だというのに救急車を呼ばないのが不思議でならない。
ディーラー「そう申されましても、こちらは商品なので今すぐというわけにはまいりません。少なくとも購入して頂かないと…」
客「分かってるよ!誰が買わないって言ったんだ!あっ⁉︎」
会話を重ねる度に男の態度は横柄になっていく。
ディーラー「では、契約ローンのほうをプランニング致します」
客「そんなの後でいいんだよ!耳ついてんのか? 緊急事態なんだよ!」
ディーラー「は、はぁ…」ディーラーは男の恫喝にすっかり萎縮してしまう。
客「いいか? 俺には今すぐ車が必要で、金は後から持ってくる。理解したか?」
ディーラー「はい…」
客「…出せよ」
ディーラー「えっ?」
客「鍵に決まってんだろ!クソ野郎!早く出せよ!」
男の怒号が店内に鳴り響く
ディーラー「こっ、これです」
客「とっとと出せよノロマが!」
そう言うと男は真新しいシリンダーを回してエンジンをかけ、強引に店から車を運転して走り去って行った。
客「アニキ!アニキぃー!遅くなってすいません。もってきましたぜ!」
男「クソ野郎!早くしろよ、このノロマが!」
男の向かった先には急病の妻など存在せず、強面の外国人がいたのだった。 #ショートショート #小説 #集団的自衛権

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