キツツキのくちつき

キツツキのくちつきが気に食わない、とある日の午後、庭の池の魚が訴えた。くちつきというのは、語調などではなくキツツキによる木を突っつく音を言うらしい。この場合は。

キツツキは、池の魚が言葉のつうじぬ家主の老人に訴えているのを聞いて、機嫌を損ねたうえに腹を曲げた。畜生どもの世界である。ある晩に、キツツキは池の表面近くでゆらゆら眠っていた当の魚をかっさらってゆき、何もない露端にボトリと落として飛び去った。

もちろん、魚は間もなく死んだ。
家主のほうは、お気に入りの魚がいなくなった気がしたものの、なにせ魚だ。魚と人間の話だった。他の魚と見分けがつかず、結局は例の魚がいなくなったことに気が付かなかった。これにて話は投了する……かに思われる。

しかし、魚には一脈の血が流れていた。遠い昔に人魚の髪の毛一本を齧った祖先がいたのである。魚はその晩、屋敷の主人の夢枕に立った。美しい、女のすがたをして。

『あの木を斬って』
『あの枝を折って』
『あの樹、無くしてしまって……』

夢枕で訴える、魚の精はその一夜かぎりの夢であった。遥か古代から受け継がれた人魚姫の髪の毛がもたらした奇跡であった。

が。

やはり、人間と魚である。

家主は、夢から覚めると「恋をした」と浮かれた。夢の女に恋をしたのだと。

「気に入ってもらえたんだ。気になる、気になるって僕をずっと求める、イイ女だった」

奇跡が起きようとも。
所詮は、魚と人間のこと。

キツツキはその日もこんかんと木を突っついていた。


END.

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