解体ラブスト2-36
「あ。ごめ、なんか5回? すっごいヌケちゃった、俺も遅くなっちゃった。沙耶ちゃんは出たとこ? ドライヤーだよな。こっちにあるよ。え、フロ? シャワー? 俺まで? ええ。ああいいけど、蹴るのは新しいね沙耶ちゃんああトイレの換気扇つけてからに」
「つけときます!!」
シャワーあがりに鉢合わせた男は、額から垂れるほど汗ばんでゼエゼエしていた。なにやってんだこいつ。今か。今そうなるのか。
お風呂場に叩き込んでドアは閉めて、トイレの換気扇はスイッチを即座にオンにする。
「…………っはぁ!!」
全身が脱力して、床に両手と両膝をくっつけて深呼吸を吸って吐く。めまいがするし、朦朧とするし、視界が揺らめぐ。
まだ、問題の部分は異物感が残ってる。
……流して洗うのにすら、今の状態になった。気が遠のいてなにも考えないようにする、それでもう必死だ。今も必死でずっとそう。
ぐったりして床に尻もちしているうちに、シャワーから上がる音が聞こえる。
ゆるゆる、顔を上げると、ドアが開いた。しーさんは体を流す程度にしたらしかった。湯気を感じさせるぐらいの差異で現れる。
なんかもう、ラスボス登場か、ていう絶望感と迫力だ。なんだこれ。
灰色の瞳は、少しだけ拡がった。
「沙耶ちゃん。……痛い? もしかすると」
「……どっこも、痛くはありません……」
「そう。……どしたの? 髪、まだみたいだけど。乾かさないの」
「触らないでください……」
「ドライヤー。はい」
「…………。どういたしまして」
少しすると、やろうか? 聞かれたので首を左右に揺する。
まだ立つ元気は出ないけど。しーさんもその場を動かないから、仕方なく私が壁に手をつけて立った。どいてくださいの一言でしーさんは洗面所をゆずった。
で、心頭滅却になれるはずなく、ドライヤーを終えるとまだピンチは継続している感じ。ベッドに戻って、しーさんは寝る準備だ。
目覚まし機能のない、無音のデジタル時計を手にして、「もう深夜3時だよ」とか言ってる。
「話の続きは明日にするよな」
「は、はな、はなしのつづき……??」
(なんかあったっけ)
本気で頭からすっぽ抜けている。もう話すことなくない?
「…………。えっと……あの……、はな……すべき、話すべきこと、……えっと」
「うん? 寝ないの」
「いえ同じベッドはちょっと」
「一つしかないよ」
「同じベッドはちょっと!?」
「俺はどかないし。沙耶ちゃんが床で寝ても拾うし。ムダだじゃない」
「野山のヒグマかモンスターですか!?」
「ははは」
「笑えてる場合ですか!? コワイ!! 素でその凶悪暴行何でもありなのいくらなんでもヤバくないですか!!??」
「寝よ」
「ちょっと!!!!」
布団をかぶって横になる場合か!!
もうなにこれ。布団をひっぺがして説教でもしたくなる、けど、顔は赤い自覚があるし今日はもう疲れ切ってるし!! なんなのこの場合は!!??
「…………っっ!!!!」
怒りでぷるぷるする、なんて経験、初めてかも。
どれだけ顔が赤らんでいるのか、横になってるしーさんは「……」ってものめずらしげに私を眺めていた。こいつ。さっきまで、……さっきまで!!
「…………沙耶ちゃん、寝ようよ。ああもちろん性的な意味まっっったく含めずにね。俺といっしょだけどさ。寝よ? 俺も興奮したけど抜いて落ち着いたし」
「最悪なことを」
「最っ初っからそうなんだけどね。まぁ俺だって抜け目ないよ。沙耶ちゃんが好きだし」
「最悪な告白を最悪に混ぜない!」
そもそもですね、深く考えずに口走ってしまい、すぐさま後悔するハメになる。血の気が引いた。
「私は汚れた女でアタヤで!! っだから、あなたが期待してる女は、……??」
(どこ、にも。いない……?)
しーさんは、汚れていることも、好きにもてあそばれていたことも、知らない。私が生き人形のようだったことも。
「アタヤ、汚れた家系、てことだよね」
「…………、はい」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
だんだん、と。
しーさんが微笑む。それを深めて邪悪にニヤリとなってニッコリになって上機嫌な笑顔になってゆく。
一方で、私は、きれいに反比例して、ひきつる。頬から。顔がぜんぶが。
「……俺たちってさ……」
「…………」
「お似合いかもね♥」
「最悪です」
なんかもういっそ、私、男に生まれたかったかも。いや昔は何十回も思えた。久しぶりの女だからこその絶体絶命の感覚、女性らしさの悲哀。
でも。でも、しーさんには、真っ直ぐに正直に、最悪最低と言えてしまうから……。ほんの少しマシではある。ほんのすこし。
しーさんは、笑顔で爽やかに布団をめくって、私を誘った。
「最初の印象って最悪な方が恋愛は燃えるらしいよ? 沙耶ちゃん。今日はお疲れさま。あとは明日にしよ、寝よ」
「言われなくたって寝ますよ……壁に貼り付いて一反モメンみたいになってください」
「沙耶ちゃん、抱きついて寝ていい? 親睦が深まった記念」
「しーさん、今日はやっぱり壁際は私がとるんで。こっち。外側。落ちててください」
「沙耶ちゃんの寝相じゃ絶対に俺を蹴り落とせないと思うけど」
「自分から落ちてくれませんか」
「イヤだ♥♥♥」
満たされた笑顔でうなずき、言い放つ。コイツ。この男。
もしかして、いやたぶんこれ、そう。
私が会ったなかで、いちばん、最も凶悪、もっとも最悪な男性だ……。
私がアタヤで、最悪に汚されてるから耐性あるだけで、そうじゃなかったら、心臓発作とか恐怖とかで死んでるんじゃないの……?
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。