カナリアの歌から恋をする
海の洞穴を好む人魚姫は、ある歌声に恋をした。澄みわたるソラに似た、うつくしさを思った。やがて、人魚姫は、歌声の主が日に日に移り変わることに気がついた。
どうやら同じ人種のうち、かわりばんこで歌っているらしい。
それでも構わない。人魚姫は、そう思い直して歌声に耳をすました。余韻のある美しさが断崖絶壁から滑り落ちてきて、洞穴の人魚姫は、ソラを見上げるばかりになった。ついにある時、朝焼けを浴びながら、彼女は歌声にちいさく返事をした。
会いに行きます、愛しい貴方!
魔女のもとへゆき、人間にしてもらう。代償として人魚姫はなんにも要求されなかったから、拍子抜けした。魔女は、過酷な代わりモノをせびると、聞いていたのに。
その魔女は、お前は洞穴にいた人魚姫だろう、とだけ聞いた。
なら、人間にしてあげる、と言った。
一糸まとわぬ裸体の人魚姫だった女は、上陸をするとしばし裸のまま佇んだ。
耳をすませば、歌が聞こえた。
やはり崖のうえだ。
女がそこへ進むと人間たちがどよめいた。煤に汚れた黒ずんだ男たちが、いろめきたって、絹の肌の女に釘づげにされた。そのすきに、女は、鉱山の入口まで歩き着いてしまう。
そして、籠に入れられたカナリアを見つけた。
女の恋した歌声が、ぴより、と、一声こだました。
「…………ああ、そうでしたか」
女は、目をほそめた。カナリアだった。鳥の声だった。あのうつくしさは、鳥の声。代わりばんこになる理由も、籠に入れられて、鉱山洞窟に連れていかれるその現場にいることで、聡明な人魚姫はすべてを理解できた。鉱山には宝石と毒が眠っていると人魚姫は知っている。
女は、歌をうたった。
カナリアへの返歌をその場で歌い上げた。練り上げ不足な未熟なソレは叫び声も同然だったけれど、今、女は、セイレーンとなって歌っているから、問題など何もなかった。
人魚姫はセイレーンとも呼ばれる。聞く者の耳から侵入して頭を破壊する。セイレーンは叫びつづけて歌い終え、カナリアの籠が鉱山男の手からこぼれ落ちるまえに、受け止めた。
そして、裸の女は、カナリアに笑って歌いかけた。ヨヨヨとカナリアは返事をした。るるる、と女も返歌をあげる。
相思相愛の恋人たちが立ち去って、あとに残るは躯の山ばかり。破壊と愛、人魚姫が人間になるとき、もたらされるものは、そんなものである。
魔女は、海のなかから、鉱山の男たちの悲鳴を聞いて、手を叩きながら、新たな恋人の門出を祝福した。
ひとぎらいの魔女であった。
END.
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