解体ラブスト2-40やや改訂
「沙耶ちゃん、急に変えたね。朝は早く出ていくし夜は遅く帰ってくる。ハサミと軍手まで持って出かけて、そいうお本格的な採取を会社帰りにやってるのは通報案件になりかねないし、女の子的にもよくないよ。防犯の面ではぜんぜんよくない」
「……そ、ですね」
「それってさ」
「…………!」
冬の野草盛り合わせの天ぷら、白和え、お味噌汁、炊き込みご飯。それに甘酢漬けにした球根とゆで卵。
おおよその私の食卓。
でも依然、最大級の異物、赤の他人、男性、岸川鹿馬さん、考えてみたら今は私と同じアタヤ姓になっているから当矢鹿馬さん。
このひとは、向かいで箸を持っていた。
「……女なの忘れない方がいいよ? 沙耶ちゃん。女の性からいくら離れたがってようが結局は沙耶ちゃんは女の子なんだから」
「……おじさんを呼ぶことに」
「その例のおじさんもダメ。女の子なんまから。それに寒いんだから。早く帰ってきな」
「…………はぁ、…………まぁ」
いつもの食卓。
でも、近ごろはこんな感じ。気まずい。
夕飯の食器を洗い終えて、私のあとにお風呂も終えて、しーさんは、夜間学校のテキストを広げている私の向かい側に腰をおろした。
テキストに視線を降ろしながら開口一番、勉強とまったく無関係な話をする。例の話題を。
またする。
「で、さァ」
「…………」
ひとりでに肌の表面がピリリとする。トウガラシに触ったみたい。
腰をおろして、足を広げて、しーさんは私が正座しているところを。
膝を、足の裏で軽く蹴るように押してきた。
「やっぱりさ、こういうことだよね。正解してるだろ?」
「……ちょっと」
「うん」
「押して足を開かせない。行儀がどうなってるんですか」
スウェットなのでパンチラは無い。いや、そういう問題じゃない。
「うん。さっきも沙耶ちゃんがハミガキしてるところ後ろから抱きついたら鳩尾に肘を入れられた。沙耶ちゃん、ハリネズミになってるよね。全身がすんごいよ。警戒丸出し、赤信号しかない信号機になっちゃった」
「……ベタベタしてくる方が悪いとおもいます……」
「でも」
「ちょっ……!!」
膝を足の裏で踏まれてて、力がさらに加わって、私は尻もちをつくハメになる。正座のバランスが崩れた。
バランス、そう……、そう。崩れっぱなし。あの2日間から!
しーさんが身を乗り出して、ちゃぶ台越しに迫る。
身長があるから背中を伸ばせばすぐ私に手が届く。首を出せば顔も届く。ここ、狭いから。
灰色の瞳が私に落とした影を見る。
男性の、人影のなか、途方に暮れている。そんな女を。きっと黒い地味な目にくっきりと反射してこの男が映ってる。
「あからさまに意識されてるとさ。俺も、なにかするべきかなってなるんだけど?」
「…………、……先に変なのはそちらです」
「解ってる。免罪符にするつもりは無い。俺は沙耶ちゃんが好き。そんなさ、沙耶ちゃんがさ? 今も純潔で、でも危なげなくて、でも本当は真っ白な野に咲く花、そんな色をしてること。今の沙耶ちゃんの色がまだ真っ白なこと。解ったよ。いつかは沙耶ちゃんにも初めての男ができることも。ならさ、俺がすることって、ひとつしかない。ね?」
指先が届く。しーさんは、手を伸ばす男のひとだった。躊躇わず。
私の首の下に人差し指が触れてきた。
冷えた、指先が肉を別けて、筋を押す。しーさんは静かな本物の目つき。
「……本能なのかな。不思議だよ。急にこんな気持ちになっちゃうんだから。俺はね、本当なら、自分をコントロールする生き方しか知らないはずなんだよね」
「……暴漢になろうとする男性が言うセリフとして最悪ではとおもえます……」
「うん。そだね…。こんなつもりなかった。ゆっくり、て。でもさ。沙耶ちゃん。少し。少しはね。沙耶ちゃんを解体(わ)かっちゃったから」
「…………、…?」
「解体っちゃったから。沙耶ちゃん」
今までに聞いたことが無い、しーさんの声のトーンだった。濡れている声音ってこういうこと、初めて知った。私も。
いや私、知りたくなんて無い、だからここしばらく避けることに必死になってて。
しーさん、このひとが。
男のひとの目になって、いて、触ろうとする、から。
冬はまだ半ば、お正月まで、まだ。
「……これ以上をもっともっと解体かっちゃうの、俺が、俺の手で。沙耶ちゃんを知ってからが。いい。先を識るのは、それからがいい。安心できる、なんて? きもち? そんな他愛ない幻想を欲しがる、きもち? 初めてなんだよね」
この男性との暮らしは、冬すら越せない、らしい。
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。