言葉亡き國
人間が絶えてから、言葉というものは消えた。
誰もが喋らなくなった。
言語体型を獲得する種族は現れず、鳴き声や歌声なども人間でいうところの母音のみに収まるようになった。
人間の半身を持つ、人魚姫たちが深海より浅瀬へと進出したのは、人間のさいごの一匹が絶えてから数年後である。
もはや、人魚姫たちは隠れる必要性がなくなったからだ。アンデルセンに見つかって童話を描かれたこともあったが、それすらも人間とともに過去の遺物となり、歴史の渦へと消え去った。人魚姫たちにとっての汚点は消え去ったのだ!
人魚姫たちにすると、喋らない種族であるのに、人間の上半身とよく似ているが為に、魔女の呪いやら魔法やらなにやら罰を受けた扱いとして「しゃべれない」いきものと定義されたことが、赦せなかった。
人魚姫はしゃべらない。
しゃべる人間のほうが異常である。
しかし、それも過去。もはや幻想の話となった。
人魚姫たちは浅瀬へと進出し、朝日を浴びて、白くなった肌身に太陽の味をあじあわせる。そこに喜びの声はなく、女たちのかしましさはなく、無音がある。
言葉亡き、人魚姫たちの國の、はじまりの日として記録されている。もはや1000年ほど前のことだ。
この國では、誰もしゃべらない。しかし賑わいはある。華はある。人魚姫たちの國であるから。
野原一面に咲き誇る、花園のような、無音の美しき國であった。
END.
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