遅い足には理由がある

少女は、しゃべれないうえ、なにも知らず、知らないからなにもできない。しかし星が流れるがごとし瞳の輝きがあり、表情は常におだやかで優しさを感ずるものだった。少女が立っているだけで、皆、どこか気分がやわらぐ。等身大懐っこい犬がきたみたいに。

そんな訳で、人魚姫は、魚の尾ひれを捨てて人間の足をもらい、代償に失ったものは多かったけれど、天性の才で彼女にはいちばん強力にして無比なるものがあった。
ものごし、えがお、やさしさ。

一途な、ひたむきさ。

人魚姫は、お姫様でもないのに人魚姫と呼ばれるようになった。それだけの才能がある。人魚姫は、地上に上がってからも皆に自然と愛されたのだ。

「おはよう。今日は新鮮なやつあるよ」
「こっちの野菜にしときな。ツヤツヤでハリがあって今が食べどきさ」

人魚姫は、馴れない足で立ってとろとろ歩くから、一見すると本当に愚鈍な役立たずに思えるのだか、それにも理由があった。

少女は、声をかける城下町の者にとびきりの笑顔を見せて、うなずく。

「……あんた、これも持ってきな!」
「特別にサービスしとくぞ!」

彼女の足が遅いのには、理由がある。
人魚姫が買い出しに行かされるのにも理由がある。こうなるからお得。

人魚姫は、愛しか知らないけれど、愛はまさに今、少女自身を生かしているのだった。


END.

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