チューリップ(YOURエンド)

あか、あお、みどり、どの花みても、きれいだな、真っ黒黒の目をぱちっとさせている少女が、替え歌をうたう。『チューリップ』の色を変えただけの歌だが、彼女に、そして彼女の母方の家系におおいなる意味はあった。

青白く美しい陶器の肌に、真っ黒くて大きなお目々に艶めくロングストレートの髪を持つ小学生は、お人形のような可愛さ。
たぽ、たぽたん、右手に提げている果物ナイフが、血を滴らせる。

たぽたん、たぽ、たぽ、たぽ――。

春美結愛は、がっかりと肩を落としていた。
ちいさく、うたをくちずさみながら、自分を慰めながらこの凶行の現場で、被害者の家を漁って台所のチェストから箱を出してきた。
『今日も元気! 緑印! 青汁のもと!』など、キャッチコピーが印刷してあった。

青汁の箱。パック入りの青汁がどさっと詰まっていた。結愛は、果物ナイフをぶら下げながら、なにもない手でパックをひと摘まみした。
そして、しみじみしながらも罵った。
「こんなもので緑色の血になれるんなら誰だって悪魔だし、ゆみ君の血だって赤いしゆみ君のお母さんさんの血だって赤い癖に、こんなもの飲んでるから、緑色だなんて特別な勘違いをしちゃうんだよ?」

かち、ばち、コンロの火が点火された。結愛はそれをつけっぱなしにして、滅多刺しにされている人間が転がるリビングに戻った。

晴子と呼ばれていたもの、弓実と呼ばれていた息子、順繰りに動かなくなったものを見て、弓実に来ると、結愛は両目を潤ませた。「大好きだったのに、あたしをお嫁さんにしてくれるはずだったのに! あたしのゆみ君だったのに、非道い。どうしてこんなことになるの。どうしてあたしにウソをついてあたしにこんなことをさせたの? ゆみ君!!」

喉を何度も突き刺されている弓実は、目をぼうと薄く開き、唇もぼうと半開きにして、ピクリともしない。
弓実にすがって、結愛はわあ! と泣く。

少し、離れたところで呻き声がして、結愛はそれを聞くと舌打ちした。果物ナイフは逆手に持って、トドメを刺しに歩いていった。
「ゆ……あ……っ!!」
「お姉ちゃん、しぶとい、この悪魔!!」
既に刀傷を複数も負っている春美美沙はろくに動けず、馬乗りになられるとさらに動けず、ぐさぐさと結愛のナイフに貫かれた。青色の血飛沫があがって、結愛が爆発したように大笑いした。
「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。お姉ちゃんだけ、お姉ちゃんだけ!! 血が青い!! 青い血!! この、この、このぉ、アッハハハハハハハハハハハ!!」
「ぐぎゃ……!!」
うすく、開くくちのどまんなかに、果物ナイフが突き刺さった。びくんびくんする美沙がもう何も言えなくなる。ズキンと下腹部が痛んで、結愛は昨日やってきた自分の生理の血が股のあいだからあふれるのを感じた。たまらなく嫌な気持ちになってさらに姉を突き刺しまくる。
刺して刺して刺して刺して刺して滅多刺しにした姉を離れて、返り血で青と赤にまだらに染まる結愛は、ふうと普通に溜め息などした。そしてテーブルが目に付いたので眉を寄せた。

晴子が、美沙と結愛にふるまったリンゴと、青汁があった。青汁のコップは、結愛はひとくち飲んだだけで止めてしまったので、まだ半分以上も残っている。この青汁を飲んで、血が緑色になっちゃうよ、と弓実に忠告を受けて、すべてを悟った結愛が感情を爆発させたのだった。

結愛は手で振り払って、がしゃんとコップを割って緑色の液体をブチ撒けた。
「うそつき!! ゆみ君、うそつき。ゆみ君のお母さんさん、うそつき。お姉ちゃん、だいっきらい!!」

色とりどりの飛沫が、リビングを汚している。
素足であるきまわる結愛はやがて、電話した。自分の家に。それから警察に電話して、警官が来るのを待った。結愛もこれが犯罪だとは知っていた。
外に出て、待っているうちに、コンロの火が原因となって晴子と弓実と美沙の体を残している一軒家は、ごうごうと炎上をはじめた。

あか、あお、みどり、三色の返り血が、春美結愛の体に付着していた。



「じゃあ、ユア。こうなった以上は仕方がないわ。カウンセリングの先生の言うとおりよ。自分の怒りを抑える訓練をしなさい。母さんは、ほかの皆のところに帰るわ。神奈川を出る、ちょうどいいタイミングでしょう。さようなら、ユア。怒りを抑える練習をするのよ。ユア、あなたは人間なんだから何をしたって、悪魔には変身できないのよ。わかってちょうだい」

 それは、結愛の母親。本当は悪魔である母親からの、最後の助言だった。

 結愛の事件は、全国に匿名報道をされた。結愛は児童施設送りとなって、引き取り手のいない未成年者が預けられる施設でも数年間を過ごし、そして結愛は高校生になっていった。

 誰もが溜め息して結愛をふり返る。それほどの美しさが結愛にはあった。生来の美しさと悪魔的な魅力だった。
 そうして結愛は運良く見初められて、後見人を得た。新しい家族に迎えられた。
 全員、血が真っ赤な色をしている人達の家族に。結愛は、新たに迎え入れられて、ケーキなども用意されて、知らない家のリビングでにっこりとかわいらしく笑顔になってみせた。
「はじめまして。結愛、と言います。好きな花は、色がたくさんの、チューリップです。どうぞよろしくお願いします」

「今日から、あたし、あなたの結愛です。よろしくお願いします」
「あたし、あなたの家の結愛です」

 新しい家族に自己紹介をする結愛はにこにこしていて、天使のようで、それはそれは可愛らしい。結愛はにっこりする。にこっ、笑顔ばかりをふりまいてほかの感情は一切を見せずに微笑んだ。

(血が赤い、家族なんて、結愛いらない。いらないのに。あーあ、つまらないの。つまらないの。悪魔。悪魔はどこにいるのかしら。ゆみ君はどこにいったのかしら。この家は、青汁を飲むのかしら?)

(殺そうかしら?)

「今日から、あたし家族です。よろしくお願いします」
 にこ、にこ、しながら、結愛は挨拶ばかりをくちにする。結愛はもう春美結愛という名前ではなくなって、事件の処理として名字が変わっているが、しかし結愛のこころは春美結愛から変わらない。
 あなたの、結愛です――、残忍な悪魔のような一面を覆い隠して、天使のようにやっぱり結愛は笑う。
 その先の物語は、どんな惨劇だろうとも、もはや悪魔も知らぬことである。



END.

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。