解体ラブスト-ショート-1
セミは命を鳴かせる。
鳴いている、そこかしこ。命はにぎやかだった。
木立を縫ってまだ明るい陽が菱型をいくえにもきざみ、動く、葉が揺れると。
土埃がいい匂いをさせて蜃気楼はこういうものなのだろうかと湯気を立てて胸と期待を膨らませた。空は高くて。自由な鳥が横切らないか、また期待をする。
青かった。
菱型にくりとられて遠く霞む、青。空は美しい。
私たちは、セミだらけの林を歩く。
私は、或るひとの、一歩の後ろ。
(静か)
セミが鳴き、枝葉がざわめき、蜃気楼にたちのぼる暑さ。
少ししたら坂道がある。
階段を登ると、お屋敷に入る。
そうすると、うるさくなる。
ほんの少し僅かに先をゆく、背の高い男性が、不機嫌に呟くのが聞こえた。
それは、静けさを破る、一言だった。
「うるさい。やはり、高校からは車をまわさせよう。制服も汚れてしまう」
「そ……うですか」
「少しは静かになるだろう?」
「ハイ」
異音がする。
私の。
しんのぞう、心臓から。
太ももまで伸ばした、バラバラに束を切られてあるながいながい髪の毛が、横にまっすぐ吹かれて伸びた。
前をゆくひと、が、振り向いた。
ま黒い瞳。まっくろ。黒い。私の黒さと同じ色をしているはずなのにどうしてこれほど真っ黒に思えるのだろうか?
「文句でもあるのか?」
「何もありません」
「手が見苦しい」
「ハイ」
風は、今は確かに。少し。うるさくなった。私の鼓膜にとっては。風がいや。
……何も言われなかった。
手をどかした。
風が、やんでから。
END.
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