人間は知っているけど人魚姫と魔女は知らない

彼女は優しいから笑っている、そうとは限らない。能面のよう、仮面のように、笑顔をくっつけているだけ。

人魚姫は人間になってから、人間の顔がわからないから、いつも笑っていた。自分ではない女が、自分ととりちがえられて王子に娶られる、その現場に居合わせたときでさえも、彼女は笑っていた。笑うことでしか、人間らしくいられる方法がわからなかった。

人魚姫に戻るのと引き換えに、王子を殺すように、姉たちから諭されるときも笑う。
王子の寝室を前に、ナイフを持ってたたずむときも、笑う。
立ち去るときも、笑う。

暁を浴びて、朝日とともに代償として海のあぶく泡になって死ぬ、その瞬間も笑う。笑いつづけた。

彼女の魂を掬い上げた精霊は、天使にかぎりなく近いものだった。精霊たち、天使たちは人魚姫をほめたたえた。

「どんな苦境に出会おうと貴方は笑顔を忘れなかった。その強い御心で、これからは私たちとともに、人間を祝福いたしましょう」

人魚姫は、そのとき、はじめて引き攣らせた笑いを見せた。
海のそこから、魔法のカガミでそれを見ていた魔女は、人魚姫を人間にした魔女は、ぽつりと吐き捨てた。

「ほらね、不幸になった」

人魚姫が人間に恋するなんてどうしたって不幸になるよ、と、彼女は人魚姫に忠告をしていた。
かつて同じ、少女だった者としての忠言であった。

少女は魔女に。少女は天使たちに。少女の恋患いとは、なかなかどうして、うまくいかないものだった。

人間の大人ならば、知っていることだった。


END.

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