は、ゆ、み、ゆ(青汁最終への分岐点)

 買い物帰りの晴子は、上級生と並んで歩く、自分の息子に気づいた。息子は頬をピンク色に紅潮させて緊張してしゃちほこばって、しゃなりしゃなりとガラにもなくお上品に歩こうと……、努力しているらしかった。
 カクカクした、不自然な歩き方をしている。

 晴子が立ち止まっていると、向こうからも気がつき、息子は口を呆けさせてからバツが悪そうに口をすぼめた。
「ママ。ただ、いま」
「まま? ゆみ君の、お母さんですか?」
 上級生の女の子は真っ黒い髪をセミロングにして、日本人形を思わせるような唇のかたちで、血色がよかった。白いランドセルを背負っているが、背丈は息子とそう変わらず、しかし顔つきは大人びてきている。

「弓実、おかえり。えっと――」
「はじめまして。春美美沙です。ちょっと、文房具を買いたくて。ゆみ君に案内してもらえることになりました。ね? ゆみ君」
「そ、そんとおり、だぜ。いつものノート、ほかとちょっと違うじゃん? 美沙センパイが気になるってゆうからさ、ほら!!」
「へぇ~~」

 晴子は、息子をじろじろと物見遊山な気分で見物した。頬はもう真っ赤であたふたして、初めて見るような可愛らしい態度じゃあないか。
 と、晴子はぎょっとして固まった。
 なにげなく、遠い目をしたくなって顔をあげると、遠くの電柱に潜んでいる人影があるではないか。その形は息子よりひとまわりちいさく、黒い影。しかし髪留めに見覚えがあった。青い色の星のピン留め、あれは。あれは、授業参観日に、緑のジュースをやめるように頼んできた、ハルミユアのものではないか!

「――あ! 美沙ちゃん、って、春美結愛ちゃんの、お姉さん!?」
「はい、そうです。ゆみ君ママ」
 照れっと美沙が笑おうとする。少し、不自然だ。
「あー、あーあー、ふえー。そうなの。あんまり似てないんだね。お姉ちゃんは、今は」
「6年生です」
「そうなんだぁ。こんど、ウチにきてみてよ」
 笑顔になろうとする晴子も、どこか、ぎこちない。

 電柱の影から、結愛がうらめしそうに、こちらを盗み見している。いつからストーカーをして姉と息子を追いかけてるか、わかったものじゃない。
 生物的な本能のように、晴子は誘いを重ねていた。
「ああ、今、きちゃう!? ウチに!?」
「げえっ!? ま、ママ、やめてよんな変な気ぃつかわな」

「行きたいです!!」

 晴子と息子が、揃って春美美沙を見下ろし、あるいは見上げた。美沙は、頬を染めて一生懸命になって、ランドセルの紐をぎゅうと握っている。今日はぶ厚い黒いスカートを履き、黒いロングスカート。黒いシャツの胸元に白いリボンが結んである。
 それは、どこが血で汚れてもいいかのような服装だ。晴子は驚きながらも頷き、そして春美美沙の服にも気づいてしばし考えあぐねた。
(もしかして生理がきてるのかな?)

「――じゃあ、うちで休憩をしていっ」
「ダメ!!」

 叫んで、飛び出したのは、春美結愛だった。
 ほっそりして色白の美少女である彼女は、魔女を告発するか、悪魔を糾弾するエクソシストのような鬼気迫った叫び方をした。
「ゆみ君のお母さんさん、悪魔のジュースを飲ませるんだ!! ゆみ君にもまだ飲ませて!! お姉ちゃんにも飲ませて!! やめてっ!!」
「ゆ、結愛ちゃん!?」
「結愛」
「えっ?」
 隣の席である弓実は、いちばん、反応が薄かった。だれだおまえは、といった目で電柱の影から出てきた結愛を眺めていた。他人事だ。

 革靴の足を踏んばらせて、白いワンピースの裾を震わせて、真っ白く清い姿でいる小学生の美少女がまっすぐにママと姉を睨む。

「悪魔のジュース、血が緑色になるジュース、穢れたジュース!! そんなもの、認めない!! ゆみ君は人間だしあたしと――、あたしに――、こんなの、こんなの、まちがってるんだから!!」
「結愛ちゃん」
「結愛」
 見ているうちに、結愛はその場でうずくまって、自分の腹部を両手におさえた。貧血したように足を崩してしゃがんだ。
 晴子が駆け寄った。
「だ、だいじょうぶ? 結愛ちゃん!」
「…………」
 同じく、走って来るが美沙は驚いた表情だった。
 一言、ぽつん、と言う。
「生理、きたの? 結愛」
「違う!! あたしには来ない!!」
「な、なに? まあまあ、落ち着いて。どうしましょう……。結愛ちゃん? 具合が悪くなったんならやっぱり休憩しましょうか? ウチにきなさいな、緑のジュースは飲まさないからさ」
「いや、いや、いや……っ!!」
 結愛が頭を抱えるが、美沙が手を貸して立たせた。

 これらをぽけっと見ているだけの弓実は、ようやく足が動けて結愛のもとにやってくる。晴子を見上げて、美沙には申し訳なさそうな視線を送る。
 美沙が、不自然さを残しながらも晴子に向かって笑おうとする。
「弓君ママさん。緑の、ジュース、って。血が緑色になるジュースって弓実くんが毎日飲んでるってやつなんですよね」
「え? ああ。まあ」
「死ぬほどまずいんですよアレ」

「……わたし、も、飲んでみたいです」
 思いきって言う美沙に、晴子と息子は目を丸くする。
 そして、晴子は告げた。

「いいけど。ただの、青汁よ? そんでもいいのかしら」
「あおじる?」

 美沙が、目を満月みたいにまん丸くさせる――、結愛が両目を歪めて憎たらしげに姉と晴子を睨む。美沙は、もう笑うことはできず、ただただ呆然として、妹の介助も忘れて棒立ちしてしまうようになった。
 その事実を、口のなかに噛み締めて、苦い味を行き渡らせた。

「青汁――、の――、ジュースなんです、か?」
「そうよ」
 晴子は、なんてことなく、当たり前の日常のワンシーンとして、美沙の魂からの疑問につつがなく平然と平凡に、返答してみせるのだった。



END.
(結末は分岐することにしました。数回分です)

読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。