屠殺ラブスト2-15
「趣味の世界だよこれ。疲れるしコスト回収ムリ。ありえない。だから沙耶ちゃん、土日でも家から出てこないんだよ」
「休日なんだから好きなことします。家にいるって話したことありましたっけ」
想像がつく。即答する、しーさん。
あらかたの仕込みを終えて、漬物にする野草は瓶詰め、その瓶も煮沸して雑菌を殺してから使う。野草は下ごしらえだけでもう夜だ。夜ご飯は、すぐ食べられる葉っぱを揚げて適当にした。
日常、節約と趣味。
でも1日でしーさんは、手間とエネルギーの釣り合いがとれないとのご判断だった。今は、私といっしょに、最後に残しておいた、どんぐりのボウルを台所で眺めている。
「これも3日間かけるのか。労力がいるね。沙耶ちゃんじゃなきゃ本末転倒って頭ごなしに否定するわ俺は」
「発言ある時点でしているも同然では」
「いや、いい。凄くイイ。可愛い。カワイイしか生き残らない。滅ぶ。ドングリのクッキー、食べたことないってか本当に俺は腹を壊さない? 生き残れる? 昨日と今日でリスに殺されてる今もだけど」
「ネタにして遊んでません?」
「少し。3日間かけないと食べられれないものをこーして時間かけながら食えるようにする。執念が凄いねやっぱリスだよキミ沙耶ちゃんそれかキツツキ」
「言い方が悪い! 趣味! お腹は、大丈夫です。ちゃんと3日間かけて食べられるようにするんですから」
「虫が入ってるやつ、それ虫は死んでる?」
「浸水したので死んでるんじゃないですか。こっちの虫入りは捨てます」
ボウルに浮いてきた、どんぐり。拾ってみて、指で回してみる。ミステリアスなもので。虫が居るから水に浮くのに。
肉眼に、虫の入った穴が、見つけられない。わからない。
こういうところも好き。
そして、視界に思いっきり、覗き込んでくるしーさんもいる。邪魔とかいうレベルを超えているこいつ。
「……これがリスの目……? 擬人化だ?」
「茶々いれやめです。ッて、……あの、しーさん、馴れ馴れしい! ベタベタくっついてくるの、人をなんだと」
「女だと」
「は!?」
「女だよ。女として見てる」
「…………!!」
私の腰には両腕がまわってて、しーさんの両手が指と指を結び合わせて、私を閉じ込めるかたちにしている。
声を忘れてしまって、でも符号するものはあるから、なにせ家にまで押しかけられてる、顔の表面が引きつる。
虫入りどんぐり一個が、私の指に残された。
言葉がわからず、身じろぎができなくなった。
背筋が凍る。シンとする私のすぐ横でしーさんがそのうちになんか言い始めた。
「……あー、あーっと、力尽くで暴行なら初日から2日目でもいつでもできてたから。念の為にそこは言わせて。ちゃんといい子にしてたよ。今もまだそうしてるつもりあるよ。あるんだよ。……え…っと沙耶ちゃんさ、……まぁそこは徹底的に洗ったし俺もたくさんの子は見てきたからさ。不躾で失礼な話だけどさ。はじめて。処女だよね。男性の経験ってない……よな?」
「……………………」
私の目こそどんぐりみたいに丸くなっていると思う。
背中が寒い。冷や汗もかけない。こくこく、命綱を探るみたいに、頷く。
そっか、だよね、しーさんはまた独り言なのか、私に話しかけているのか、曖昧な声のトーンだった。
……いやむしろ、よくわからないけど、どんぐりがそこまでこの男性を興奮させているなら、しーさんって本当にわけがわからない。どんぐりが理由で正当防衛に至る、論理がおかしすぎて、これは法定では門前払いではないか。
「…………」
「…………」
「……………………」
「…………………、……」
「……。……………………?」
目をぱちぱちさせる。しーさんはずっと私を見下ろして見つめて。詰めてきて。しーさんは確かに気を昂ぶらせててなんか間違いを起こしてきそう、なんだけ、ど。
でも、それだけ。
むしろ、しーさんは、冷や汗を浮かべて、なにやら眉間を寄せて難しそうなお顔になってゆく。それはオオカミがする顔ではない。
「…………」
「…………」
気難しい表情で冷や汗している、しーさん、よくわからないけど、急務であるほう。私の腰に絡んできてある指に触わる。
冷たい。体温が冷たい。
指を、そっと剥がした。剥がれた。指を外して私からどかして、取り上げた掌は、私も置き場所に困るからひとまずしーさんの体の横に取り付け直した。
されるがまま、でも表情は微妙に眉を動かしてはいる。でも、殆ど変わらなかった。
無事に、私は自由を取り戻す。うん。平和。
……ていうか、何これ。
なにこれ??
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。