ワンランク上の大人の変態に出会った話

「家の近くに来たからさ、ちょっと休憩」
そう言って彼は革のソファに掛けて煙草に火をつけた。キュッと締まったスタイルの良さはスーツ越しでも良く分かった。
さりげなく映る上等な腕時計に高級車のカギ。彼の背後にはモノトーンで統一されたお洒落な部屋が見える。
年齢は30代から40代位だろうか。余裕のある落ち着いた大人の男性、というのが第一印象だった。


「仕事中なんだけどね、男ってどうしようもないよな」
彼は煙を吐きながら自嘲気味に言う。
ジャケットを脱いでソファの背に掛けると、パリッとアイロンのかかった白いワイシャツが清潔感を醸し出した。

私は彼が骨っぽく綺麗な手でネクタイをキュッと緩める仕草に釘付けになっていた。
私が脱ぐのを待っている間の男性はこんな気持ちなのか、とふと思った。


そして彼は愛車の話をしながらテキパキとワイシャツのボタンを外すとバサっと脱いで見せた。
彼は純白のスポブラを着けていた。



ーー変態だ…!



この仕事をしているとかなりの種類の変態に出会う。
そして大抵の変態たちは女性から「変態!」と嘲笑されたり罵られたりする事を好む。
そのために変態たちはあらかじめ「いじめてください、罵倒してください」と時に鼻息荒く、時に恐る恐る申し出て来るのだ。

ところがこのスポブラは全くその素振りを見せてこなかった。
先の雑談では複数の会社の面倒を見てるとか、ジムで鍛えてるとか、こだわりのスピーカーを買ったとか、ワークライフバランスのとれたワンランク上のライフスタイル話を展開し、このワイシャツの下にスポブラを着用していますとは露とも感じさせなかった。

しかし彼は唐突に、何の前触れもなくごく自然な流れで私にスポブラ姿を披露してみせた。私はこの後のリアクションを試されているような気持ちになった。
こいつは変態だ。しかしこのスポブラに心のまま「変態!」と声を荒げてしまうのも違う気がした。
ラグジュアリーでファビュラスな落ち着いた大人の変態用の対応が必要だ。

彼の胸の真ん中に小さく光るピンクのリボンを見ながら、私はごく落ち着いた声で聞いた。


「うふふ、それなあに?」


この言い方は最高だった。声のトーンも速度も余裕のある女を演出できた。私の心の叶姉妹が完璧な仕事をしてみせた。

するとスポブラはこう言った。
「大胸筋矯正サポーターだよ」

いいや嘘だ。
大胸筋矯正サポーターというものが本当に存在するかはわからないが、彼が着用しているのはピンクのリボンのついたパッツンパッツンのスポブラだ。

何かの冗談のつもりなのか。スポブラギャグか。笑うところか。笑うところなのか。昔流行ったアニメの「何でブラしてんの?」「ブラじゃないよ、大胸筋矯正サポーターだよ」という一節を模倣しているのか。
だとしたらクソほどスベっている。

しかしだ。
本当は今日スポブラを着用しているのを忘れてうっかり脱いでしまった事故で、誤魔化そうとしてとっさに出た嘘だとしたら。よくとっさにあのアニメの一節が出たなと誉めたい所だ。むしろ万が一の事故のために常に用意している台詞なのかもしれない。


いずれにせよ、事故ならば今スポブラの背中は汗でぐっしょりだろう。準備運動していたイチモツだってストレッチを続けて良いのかと動揺しているに違いない。

心の叶姉妹は沈黙を決め込んでいる。変態プレイか事故か。仕方ない、聞こう。リピートアフターユー。

「大胸筋矯正サポーター?」
「うん、大胸筋矯正サポーター」
「そういうのがあるの?」
「うん、そういうのがあるの」

ーーー事故かよ…!

しかしこの間もスポブラはポーズを崩さなかった。これは大胸筋矯正サポーターです。はいそこザワゾワしない。では雑談を続けます。と、煙草に火をつけ、コーヒーを飲んだ。味はしてないだろうな、と思った。

私は「何でブラしてんの?」と言いたい気持ちを抑えてスポブラ姿の彼の株の話に付き合った。スポブラはただ私にスポブラを見せただけで、せっかく温めていたイチモツも冷めてしまい解散となった。
そして私はブロックされた。

余談だが、前項で言及したアニメで私は喘息の発作が出る程笑った事がある。「低燃費ってなあにー」とハイジが叫ぶ日産のCMにもなったので、絵柄を見ればピンと来る方も多いと思う。
とにかく面白いので、是非「何でブラしてんの?」で検索して頂きたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?