なんだかいつも、これ以上着るものがないし脱ぐものもない気持ちだ

布団から出した温まった足の裏が床にふれてもう冷たい。

ちかごろの朝は、空気と一緒に床も冷えて待っている。もはや寝ぼけたままでもわかっているから、床にはつま先だけ接地させて、そのままつま先立ちで歩いてスリッパを探す。

私のスリッパは所定の位置、たとえばベッドの脇とか、分かりやすい場所にはけっしてなくって、いつも適当などこかにある。風呂場の脱衣所とか、玄関とか、居間のすみとか。ちょっとでも寒くないと感じたところでスリッパを脱いでしまうから。

寒くなると朝はいつもスリッパを探している。

今日は台所のテーブルの下にあって、これは昨日、寝る前にパソコンで書きものをしているときになんとなくうっとおしくなって脱いでそのままにしたもの。

はいて、朝がはじまる。

最近あんこをたくさんもらった。

夏のあいだにかき氷を出していたカフェが、秋口にまだかき氷でいけると算段して大量に炊いたあんこらしい。結局、無情にも気温がぐっと下がってかき氷は終了となって余ってしまったそうで、そのおすそわけがうちにもやってきた。

食パンを焼いて乗せて小倉トーストにして家族各員、食べる。

知らないカフェの、かき氷にのるはずだったあんこの運命が数奇だ。

娘が出かけ、息子も制服の上にコートを着て出かけるところ。

「これ、もう俺、冬の最終形態までいったんだけど」

制服のブレザーの下にはニットも着ており、なるほどこれでコートも出動させてしまうと制服での登校においてはこれ以上もう着るものがない。

息子は「とはいえ、この会話を毎年11月ごろにしている気もするんだよな」と出かけていった。

そうそう、私たちは11月にもうこれ以上なにも着足すものがないと、冬の最終形態に近づいていることについて不安をこぼす。そうして6月には早々に半そで半ズボンになってしまってこれ以上脱ぐものがないと、夏の最終形態へたどり着いたことに憂いる。

なんだかいつも、これ以上着るものがないし脱ぐものもない気持ちだ。

午前中は在宅勤務をばんばんにやって、昼になってフライパンで餅を3つ焼いた。

磯辺餅にすべく、小皿に醤油を出し、焼けた餅をまんべんなく醤油でぬらして海苔で巻いたあと、もう1枚小皿を出すのがもったいなくて醤油の小皿にこれ以上醤油がつかないように餅を置いた。

醤油という水辺にやって来て休む磯辺餅たちみたいな様相になりまさか愛おしい。

午後は会社へ。休日にしか使っていなかったピクニックに行くレベルのサイズのトートバッグにきれいにA4の書類の束が入ることに気づいて、仕事にも使うようになった。

ただこれが、電車で座席に座ったときに絶妙に膝に置きづらいサイズなのだ。

普通に膝に乗せると、大きくて両隣にはみ出してしまう。結果、縦になるように置いて、これだと問題ないのだけど、なんだかおさまりが悪い。

電車で座席に座ることが、近ごろはすなわち膝の上のおさまりの悪さに感じ入る時間ということになっている。

滞りなく仕事は終わり、帰りの電車は混んでおり立って乗る。

あたりはもう暗い。途中の停車駅では、窓の外の木々の幹にくくりつけられたLEDがほがらかにまたたくのがよく見えた。

風が強く、幹は輝くが枝は大きく揺れ、枯れかかっている葉ががさがさ前後左右に大きく吹きすさぶ。

こんなにも寒々しいのに、幹だけは宝石のようで、これのなにが美しいのかと、急に驚いてしまった。

電車が発車して、枝はいよいようなり幹は平気で光り続けて、私はつばを飲んだ。

生理用品が切れたのを思い出して、思い出したことを自分でたくさんほめながら駅前のマツモトキヨシに寄る。

レジで会計をすると、店員さんが私の財布につけた、ずいぶん前に娘にもらったすみっコぐらしのキーホルダーを見つけて、はっとして慌てたように「お好きなんですか?」と言った。

「はい、大好きです」
「いま、すみっコぐらしのキャンペーンをやっていて! グッズが当たった
り、先着プレゼントとかあって熱いんです」

そういって店員さんはチラシの束からがさがさ案内用紙を取り出して渡してくれた。「おお、おお、ありがとうございます……!」

絶対に知らせねばという気概が伝わるプレゼンで感動する。すみっコぐらしが好きなのかな、それにしても仕事に熱心で、親切な店員さんにはどうかいいことがあってほしいとつい思う。

帰りが少しいつもより遅くなってしまって、夜は天ぷらうどんと作り置きのひじきの煮ものなど。

うまいうまいと食べながら、娘が服が欲しいと言った。

「普通の白いロンTなんだけど、考えてみたら無くって、ユニクロかどこかで買えないかな」

そうなのだ。すごく普通の服も、私たちは、「よく考えてみたらそういえば持ってない」ものなんだ。

無課金みたいな服でも着たければ買わねばならない。週末買いに行こうと約束した。

それから食後になんとなく、ずいぶん前に買って残っていたポップコーンの豆をフライパンで爆ぜさせる。

盛大にむくむく爆ぜて広がって、こんなに景気のよい食べ物はない。縁起までいいように思えてくる。むしゃむしゃ食べた。

どこかから『ゴッド・ファーザー』のあの曲が流れてきて、なんだ? と思ったら、息子がタブレットで普通に『ゴッド・ファーザー』を観ていた。

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