じゃがりこを買う人だけが私にとってかわいい、なんだこの感情は

むくと起き、朝の体を弁当作りモードで動かす。

冷凍ご飯をレンジにかけ、卵を溶いて砂糖と塩を入れ、食パンにシュガートースト用のクリームを塗るなど。

やるべきことが複数あって順番は問わないから、思いついたところから1秒も隙間なく動き、やれるところからやる。テキパキを創出するのがおもしろい。

平行して洗濯機も回した。うちでは洗濯に前日の風呂のお湯を使っている。くみ上げるべくホースを湯船に落そうとして、ソフビの黄色い小さなアヒルが浮かんでいるのに気づいた。救出してふいてやる。

子どもたちがまだ小さい頃、風呂場で一緒に遊んでいた子だ。

親と子で別々に風呂に入るようになったタイミングで風呂場での仕事は引退し、第二の人生を脱衣所の棚の上の飾りとして歩んでいた。

誰か入れたな。

姿勢正しく朝食を取る息子と、いっぽうまだ起き抜けで肉体が固形になり切らずスライムのように椅子にひっかかって座る娘に「きのう風呂場でアヒルと遊んだ?」と聞く。

娘がもやがかった声で髪の毛の隙間から「私じゃない」と返事をし、息子が「遊んでないけど、風呂には入れた」とこたえた。

それからふたりを送り出し、娘は今日までまだ給食がないそうだから、昼食のおにぎりの準備をして、洗濯物を干した。

朝から動かした体を止めると急に寒く、厚手のマフラーで首を埋めて午前中は仕事で読んでおきたい本を読む。

そのうちもう娘が帰宅して、「だめだ~~!!!」と言いながら居間に登場した。

無事に始業式は終えたが冬休みの宿題を持って行き忘れたそうだ。頭をかかえて「わー」と言うから、となりで「げんきだして!」と盛り上げた。

なんだかこんなとき、彼らが小学生のころはおおいに気を揉んだように思うのだけど、ちかごろは諦めるのとはちょっと違う、明るい仕方のなさみたいなものが勝る。

「だめだ~~~」と駆け込む娘の調子が明るいからだろうか。

今日の夕方に再提出時間が設けられ、そのあいだに提出すれば減点にならないというから、いっそいうはげます。

打ち合わせがあり街へ。待ち合わせ時間よりも少し早めにやってきた。指定の喫茶店に入り、食べてみたいと思っていたキャラメルスコーンをしめしめと頼む。
思った以上にざっくりぼろぼろした生地で、うっかりフォークで刺し損じてかけらがスカートでバウンドして靴の上に落ち、無念にも床にころころと転がる先に足が立ち止まる。見上げると待ち合わせの相手だった。

「はは、へんなタイミングで来ちゃってごめん」と言われて、まるでアニメみたいな登場。

現実にフィクションらしさが介入したとき、なにか妙な手ごたえを私は得る。

滞りなく打ち合わせ、帰ると居間から「がっはっは」「わっはっは」と、複数人が極めてカジュアルに雑に盛り上がる声がする。

ふすまがあいて、「こんにちはー」と声がかかり、制服の女の子たち。娘が友達を招いたようだ。

隣の台所で仕事をしても邪魔でないというからそうさせてもらい、「がっはっは」「わっはっは」と豪快なさまをBGMとして作業をすすめていると、息子が帰ってきた。

なお続く「がっはっは」「わっはっは」を聞き「山賊の集まりみたいだ」と言って、完全にその通りだった。

山賊たちが解散し、娘は学校に宿題を出しに行った。居間にはお菓子のゴミがレジ袋にぱんぱんになっている。山賊は見たことがないが、なにかゴミにまで山賊らしさを感じてしまう。

娘が遅れたいっぽう、息子は無事に宿題をすべて提出できたらしい。

この人はほとんど宿題を進めない状態で冬休みラスト3日に突入した。

残り3日、休まず取り組んで仕上げるつもりだったようなのだが、なんとその初日に発熱したのだ。

宿題なんてたいしたことない、やらずに学校に行ってもまあいいや、くらいに思っていれば慌てることもなかろうが、息子は案外宿題に対して責任意識を持っていたようで(ならば早くからやりなされよという話なのだけれど)、風邪由来以上に顔を青黒くして珍しくあきらかに焦っていた。

病院の検査でインフルエンザも新型コロナも陰性が出て、解熱して他に症状もなければ通学可能とお医者に言われ、息子は「自宅療養期間ないのかこれ」愕然とした。

「思えば、あのときはじめて、俺はグレてしまうかもしれないと思ったものだ」と振り返る。

結局残り2日になって体調が回復し、追い上げて仕上がったというからえらい。私だったらグレもせず静かにお金を持って逃げ出したろう。

晩の買い物に出るところで遅れて宿題を無事に提出した娘が帰宅し、そのまま一緒にスーパーへ。

「なんか買ってやろうか」というと、じゃがりこを選んでいた。

じゃがりこを棚から選ぶ人のさまを私はどうも「かわいい」と思っているところがある。

これは娘にかぎらず、じゃがりこを買うすべての人に対してだ。

自身にじゃがりこを買う習慣がないことから、ついじゃがりこを選んでしまう人に対して、私はなにか勝手に子どもらしさみたいなものを感じているようなのだ。

自分で買わないお菓子になら何にでも感じるかというとそうではなく、「サク山チョコ次郎」や「堅あげポテト」には思わない。

じゃがりこを買う人だけが、私にとって一方的にかわいい。なんだこの感情は。

帰ってみそ汁と炒め物など作って晩ご飯。娘は食後にじゃがりこを食べていた。食後にじゃがりこというのも私にとってはまるでピンと来ず、きゅんとなる。

息子が風呂を沸かして入って出たから、私も続いて入る。

湯船にあひるが浮かんでいる。


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