安ジャムと高ジャム

久しぶりにジャムが食べたいと娘に言われて、よっしゃまかせとけと買い物に出かけた。

家では朝、食パンを食べる。最近は大容量タイプのはちみつに頼り切りで、ジャムはしばらく買っていなかった。

ジャムは高級なのは買わないにしても、普通のやつでまあまあ高い。果物を使っているのだから仕方がないけど、ひるむ。

難しいのが、紙のカップに入った安いやつの存在だ。こっちでしのぐか、どうするか。

紙のカップのジャムがむしろいいのだ好きなのだという勢力は間違いなくいて、あの歯にしみるあまいゼリー状のジャムの魅力は十分知っている。

ただ、瓶のジャムとはずいぶん様子が違うから、両者はそもそも別の物のように思う。

私にとって、ジャムといえば瓶のやつで、紙カップのは「紙カップのジャム」として認識している。それは長く同居した祖母が小瓶のアオハタのジャムをひいきにしていたからだろう。

祖母は8枚切りの食パンを袋で買うと冷凍庫で保管し、毎朝なんと4分の1枚ずつ食べた。毎日小さな面積にマーガリンを塗りその上からジャムを薄く乗せた。

ところで今日、重要なのはジャムの購入は娘に頼まれたということだ。

娘にとってのジャムはどっちだろう。うちではあまり紙カップのジャムを買ったことがなかったから、娘にとってもジャムは瓶のほうを指すんじゃないか。

悩むというよりも苦慮した。挙句はっとして、瓶と紙、どっちもかごにいれた。どちらもブルーベリー味のをいれた。

ドルコスト平均法みたいなものだ。いやドルコスト平均法ではないんだけど、両者の同時購入により価格を均した。

翌朝、食卓につく息子に「安ジャムと高ジャムがある」と、どちらも封を切って出した。

娘は寝坊のたちで登校時間ギリギリまで寝ているから、息子と二人、食パンの表面の半分に安をもう半分に高を塗り食べる。

笑うほどブルーベリーの粒の量がちがった。安ジャムは食パン半分に2粒ほどがつくのにくらべ、高ジャムはびっしりついた。

そのうち娘も起き出したが、私は洗濯を干していてどうジャムを食べたかは見なかった。

夕方、学校から帰った娘はただいまを言ったそばから、まだ在宅勤務が終わらず目がモニタから離れない私の隣で「朝、ジャムがあると良いよ」と言った。

「パンが食べやすいよ、ジャムがないと噛む必要があるけど、ジャムを塗ったパンは噛まなくてもすぐ飲める」

作業しながら半分聞いて、半分聞き逃して、でもおおむねそんなことを言ったように思う。あとでちょっと、どういうことだ？ と思った。ジャムを塗ってもパンは噛むだろう。

翌朝も食卓には安ジャムと高ジャム両方出した。

先に朝食をはじめた息子に「どっち塗った？」と聞くと、照れながら「普通に高ジャムしか塗らなかった」と笑って、こいつめと、私も同様にした。

それから、あっ！ と気づいて「安ジャムと高ジャムをさ、混ぜたらいいんじゃないかな」と提案するが息子はそれはだめだと言う。

「ジャムの尊厳にかかわる、それはだめだ」

そういうものかなと思ううちに、娘が珍しく起きてきた。むすっとして、ぬいぐるみを抱いて崩れるように、軟骨と筋の柔らかさからほとんどスライム状になって食卓のいすに座る。

私はぬいぐるみが汚れないように、抱く腕からずるっと抜いて娘を見守る位置に立たせた。「ねえ、昨日ジャムのことなんて言ってたっけ、ジャムを塗るとパンを噛まなくてすむって？」

言いながらなんとなく娘の頭をなぜて、娘は毛量が異様に多いのだけど朝はとくに毛根が立ち上がっているのか日中や夕方にまして恐るべき毛圧で、なでる手のひらはぼいんと跳ね返された。

「少しは噛む。でもなんか、ジャムを塗ったパンはなにも塗らないパンにくらべて喉に入っていきやすい。朝は顎が動きにくいけど、頑張らなくても食べられる」

私は完全な朝型で、朝起きるのに苦労しない。朝から元気だし、朝食が好きだ。たくさん食べられる。

娘はそうではなくて、朝が苦手で、学校が朝の8時に始まるのに向いていないタイプだなといつも思う。夜の8時が始業だったら私は眠くてたまらないだろうが、娘は楽勝だろう。

そういう人にとって、朝は顎が動かない時間だとはじめて知った。ジャムが一助になってよかった。

そうだ、娘は先日、ピーナツバターは粒の入っていない、クリームタイプの方がいいと言っていた。ああそうか、朝の動かない顎に、粒が難儀なんだ。

は～、なるほどなあと、つじつまが合ったなあなどと思うとき、息子が娘の手元をじっと見ているのに気づいた。

視線を追って私も娘の手元を見る。娘は、明らかに、安ジャムを選んでパンに塗っていた。

娘は気高い人だ。息子も私も、黙っていた。目も見合わせなかった。

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