本物のIKEAにふれて
はだしで歩くと板張りの床がべたべたする。
大雨の日、雨は液体としてだけでなくもやとして充満してそこいらじゅうを濡らす。
「べたべたするなあ~」と、息子が素直にそのまま声に出して、私も「べたべたすんだよねえ」と返した。除湿器のスイッチを入れた。
パンを焼いて、遅起きの娘をおいて先にふたりで朝ごはんを開始した。息子は最近家具屋に関心があるらしく、できるだけ怖くないまちのIKEAに行きたいんだそうだ。
「IKEAは新宿、渋谷にあるけど、どっちもまちが怖い」
「そういうもんかね」
「だから、原宿のIKEAに行きたいと思う」
原宿と渋谷そんなにかわんなくないか? というか、息子のIKEA感が都市型店舗に偏っているのが気になる。
新宿や渋谷のIKEAに行ってどうする。純粋IKEAというのはやっぱり郊外型のでかい倉庫みたいなやつだろう。都市型のIKEAなんてのは、郊外店舗に行けないIKEA経験者がなぐさみに行く場だ。
子どもに対して、芸術とかグルメとか、本物にふれてほしいと思ったことはこれまであまりなかった、IKEAではじめてその感情がわかった。
本物のIKEAを感じてほしい。
いや、息子も娘も、小学生のころ何度か南船橋のIKEAに連れて行った。幼少時本物にふれた経験は結局忘れてしまうものなか。
芸術がそうであるように、忘れてしまっても子どもの頃行ったでかいIKEAが息子の深層で血となり肉となっているといい。
娘も起きてきた。「小さいころ行った、でかいIKEAのこと、おぼえてる?」と聞くと「おかあさんがジップロックと電池をめちゃくちゃ買ってたのはおぼえてる」と言い、それだよと思う。
でかいIKEAに行くが買うのは小さいものなのだ。「あと、ソフトクリームが小さくて安い」娘の記憶はまるまるIKEAそのものだ。
早起きしたのに息子は支度がおそい。遅く起きるのに慣れてエンジンのかけ方を正確に知っている娘が時間ちょうどに出かけるいっぽう、息子はぎりぎりのぎりぎりで出かけていった。
見送って私も会社へ。ざんざん雨がずっと降って、傘の布がやわやわにたわんで頼りなかった。
昼に持参したおにぎりを食べていると後ろから同僚がやってきてパンをひとつくれるという。
同僚の近所のパン屋で、パンを2個買っても4個買ってもおなじ値段という店があるそうで、だったら4個買うが食べきれないからと。
現実のエピソードというのはこういう事情ありきだよなと思う。
ありがたくもらったパンはおいしかった。おいしかったし、私は誰かからもらったものを食べるのがすごく好きなのだ。いじきたないということか、せいせいとして食べられる気がする。
あぶく銭という言葉があるけれど、これはあぶく飯だ。
とどこおりなく仕事を終え、事務所で広げて乾かした傘は帰り道でまたしっかり濡れた。
晩は麻婆豆腐とサラダ。豆腐を加えて作るレトルトの麻婆豆腐がずっとあって、使わねばと思っていたから、昼に続き感情としてはまたせいせいする食事だった。
最近、居間のちゃぶ台と台所のテーブルの場所を取り換えた。
娘が居間でクーラーにあたりながらテーブルで勉強したいからと移動させて以来、なんかおもしろいから暮らしてみようとそのままになっている。
これまでちゃぶ台を囲んで食べていた晩ご飯を、長四角のテーブルの四辺を家族3人が一辺ずつ担当して座る。すると、丸いちゃぶ台をかこんでいたときより、ぐっと沈黙が沈黙として際立つことに気づいた。
一辺を全員で共有する丸と違い、各自に一辺があることで各自がより個を感じるのではと息子が推し計り、そうかもわからんなとみんなでざわついた。
除湿器が満水になる。この除湿器は満水になったときのアラームが鬼気迫っており、これ以上は無理だという状況の重大さを感じる。
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