伝統食の維持と道具の関係|#食文化研究
地域に脈々と伝わる伝統食がひとつ、またひとつと姿を消していく。今、日本の地域には食のレッドリストがあれば上がるであろうその地域のひとしか知らないような土着の伝統食が天田ある。
これまで、親から子へ、孫へと代々伝えられてきたこうした伝統料理の伝承が途切れつつあるのは、何故だろうか。そこにわたしたちは何ができるだろうか?という問いとともに立ち上げたのがEATLABという大きなキッチンを持つスペースである。
1年半にわたり食文化の実践の場としてスペースを運営し、様々な地域の食文化をテーマにしたワークショップやイベントを開催してくる中で見えてきたことも少しある。
今回は、そんな、伝統食の維持に貢献する道具の話しをしたい(書き手:フードディレクター 瀬尾裕樹子)。
食文化の変遷の歴史に、道具の進化あり
縄文時代に鋭利に砕いた石を使って矢尻を作って狩猟をしていたかねての昔より、食文化は人が作る道具の進化とともに変化してきた。ビー・ウィルソン著の「キッチンの歴史 料理道具が変えた人類の食文化」という書籍があるが、Amazonなどで紹介されている書誌情報では、
美味しい料理は道具で進化した! 食の歴史はテクノロジーの歴史だ。古今東西の調理道具の歴史をたどりながら、それらが人々の暮らしや文化にどのような影響を与えてきたのかを読み解く。
と紹介されている。
また、こんな一節もある。
「道具の進化によって、料理は使用人ではなく自らが行なうものとなり、また楽しむものとなった。ローマ人はフライパンで揚げ物をつくり、20世紀に入るまではオーブンの温度は手の痛みや紙の焦げ具合で測定し、フォークは17世紀にイタリアから広まった……。」
道具の進化によって人々の食文化が変化してきただけでなく道具が進化することで、作り手さえも使用人から本人へと変化していったのだ。
わたしたちは、地域の食文化に学び、地域の食材を楽しむうちに、道具そのものが使う人のライフスタイルに沿っていたのだと考えるようになった。使う人のライフスタイルが変わりつつある今、さらに世代が変われば暮らし方はガラッと変わってしまう。今の時代に途絶えつつある伝統食を作る道具は、果たして現代のライフスタイルにフィットしているのだろうか。そんな風に考えるようになった。
道具に合わせて作られたレシピ
あるとき、地元の80代の女性を講師に招き、EATLABのある石川県小松市を含めた南加賀エリアの伝統食である柿の葉寿司という押し寿司をつくるワークショップを行うことになった。
その下準備でひとまず講師と主催者のみで一度作ってみることになったとき、わたしたち主催者は、参加者がいないので食べる人も少ないし本来のレシピは米一升を使うものだったが、その半分の五号でやってみることを提案した。ではやってみましょうと、米以外のお酢や砂糖などの調味料、寿司ネタにする魚などの量も全て半分で作りはじめた。
すると…、四角い押し寿司桶に小さい球状の酢飯のおにぎりと柿の葉を詰めていって、板で押すことで成形するのだが、おにぎりを詰めていくとご飯が足りず、空間ができてしまうのだ…
これでは板が斜めになり、並んだおにぎりを均等に押すことができない…。
ここでEATLABのメンバーは気がついた。要するに、一升分の押し寿司を作ることに最適化された押し寿司桶だったのだ。
講師に来ていただいた80代の女性は空でレシピを言える。レシピを書き取ろうと初めてレシピを聞いたとき、「まず、米を一升炊いて…」からはじまり、一瞬耳を疑った。そもそも一升の米を炊ける炊飯釜を持っている家庭がこの令和の世の中にどれだけいるのだろうか…。このレシピだからみんななかなか家では作ることができないのではないか、そう考えた。
しかし、甘かったのだ。
レシピは道具によって規定されていたのである。
かつて柿の葉寿司がよく作られたのは、秋の祭りや子供の節句、いわゆる霽れの日だ。親戚一同が集まって忙しいときにいちいち作らずとも前日に仕込んでおけば渋柿の葉に含まれるタンニンによる殺菌作用で1日くらいは傷まずに美味しく食べられる柿の葉寿司。隣近所の人が来てもさっと出して食べてもらえる、箸を使わなくても良い手軽なフィンガーフードとして重宝したのだろう。そうした背景の中作られていたからこそ、とにかく一度にたくさん仕込めることが重要だったのだ。
ときは変わって令和。
霽れの日自体がなくなってしまったわけではない。核家族化されていても子供の誕生日は華やかなテーブルやおめかしした子供の写真がinstagramに溢れる。霽れの定義も変わりつつあるのだ。
こうした家族の人数や霽れの日のライフスタイルが変わってしまった今、レシピだけをそのまま伝承することでは伝統食はただの“体験”で終わってしまう。小学生高学年の社会科の授業か何かで体験する木の棒をくるくる回しながら火を起こすアレと同じだ。その時代のことを知ることにはつながるけれど、実生活でアレをやる人なんていない。それはもう、歴史の産物であり今を生きる人へと受け継がれている食文化ではないのだ。
結果的に、わたしたちはその課題に何をしたかといえば、
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