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【読書感想】 「切羽へ」 井上荒野

本土と連絡船で繋がっている自然豊かな島で夫婦で穏やかに暮らす主人公の女性(セイ)が、ある日、本土から島にやってきた同僚(石和)に心惹かれ揺れる心情を描いた物語です。

ハッキリ「好きだ」「惚れた」とは書いていないのに伝わってくるセイの心の動揺や平静を装う様子、心理描写が巧みだなぁと思いました。

用事で本土にいるあいだも石和が島でどうしているのか気になってしまったり、視線は別の方を見ているのに心は目の端に映る石和に集中していたり、見えていない相手の視線を感じてしまったり…恋をしたことがある女性なら(男性も?)思い当たる節のある感覚が巧みに文章で表現されていました。

ハッキリとは書かれていませんが、石和にもセイと同じような感情があったように思います。ただこちらは天性の色男なのかも…という節もありまして。セイ目線で描かれているので美化されているのかもしれませんが、少し掴みどころのないミステリアスな人物。「現実でもこういう男は不思議と女にモテるんだよなぁ〜」なんて、読みながら下世話なことを考えてしまいました。

セイの夫は、懐の深い穏やかで大らかな人物として描かれています。セイの心の変化に何も気づいていないかと思いきや、所々にぼんやりと何か違和感に気づいているのでは?と感じさせる挙動があり、そこがまた物語に緊張感を与えているように思いました。

これがもしレディースコミックなら、惹かれあった二人はそのままめくるめく一夜を共にして…となりそうなところですが、最後まで二人には周りの人から不倫を弾劾されるような決定的な出来事は一切起こりません。行き止まり(切羽)で解散。石和は島を離れセイは元の日常に戻っていきます。

単純に書いてしまえば「なーんだ、つまんない」という結末ですが、開放的な島の人々の様子や豊かな自然の描写、島の思い出などが相まって、なんとも趣深い豊かな話になっているのが不思議でした。


実はこちらの本を読む前に、井上荒野さんがあの瀬戸内寂聴さんの不倫相手、井上光晴氏のお子さんだということを知り、それが図書館で本を手にしたきっかけでもありました。

物語の中で、セイとは対照的に性愛に自由奔放で島民周知の不倫をしている女性が出てくるのですが、もしかしたら彼の方を重ねているのかしら…小説に出てくる本妻は荒野さんのお母さん?…なんてチラッと思ったり。

作家さんとしては現実の出来事やゴシップと小説の中の世界を読者が勝手にリンクさせて読むなんて、たまったものじゃないだろう、とんでもなく失礼で残念なことだろうな、と反省はするのですが、でもついつい頭の隅に気になってしまいました。

私は下世話で低俗な読者です。

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