Redmineが好きになるまでと、好きになった後の一年間の話(前編)
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Redmineが好きになるまでと、好きになった後の一年間の話(前編)

ゆきあ

※この記事は、Redmineアドベントカレンダー2020の14日目に登録されています。


人間には、
どうしてこうなってしまったんだろう、と思う時がある。

例えば、会社で支給された事をきっかけに、その道具が好きになる事が、たまにある。

でも、好きが高じて、
その道具を自分でも買ってみたり、土日に同好の士と集まってコミュニケーショを楽しむ・・・。となると、なんだか怪しく思うだろう。

しかもそれが、会社で支給された50円くらいのボールペン・・・。
それを、好きになったとする。

最近何か楽しいことありますか?という質問に、「うん、50円のボールペンかな」と答える人がいたら、
ちょっとギョッとするだろうし、
大切な人なら割と心配もするだろう。

・・・しかし、その商品が高額なものだったら、どうだろうか?

例えばMacのPCに会社で触れて気に入った人は、
自分用の薄いMacを買うだろうし、
毎週土日にスターバックスというカフェで無言のユーザー品評会に参加していると思う。

最近ハマっているものは?と聞かれて、
「Mac Bookかなぁ」と答えるのは、別に不自然ではない。
みんなが価値を認めているものは、分かられやすい。
羨ましい事だ。(舌打ち)(ハリセン)


・・・もう、なんとなく想像がつくと思うが、
「最近ハマっているものは何ですか?」という質問に、
「最近はRedmineかなぁ」という回答をよくしていた。

何度、「えっ?w」って聞き返されただろうか。

そりゃそうだ。
多くの人にとって、Redmineはエクセルやパワポのように会社から与えられた業務遂行に必要な道具であって、そもそも良し悪しを語る対象になり得ない。

僕も、そう思っていた。

ただ、面白さに気がついた人にはトコトン面白いが、
それにまだ気づいてない人にはトコトン見えにくい。

その面白さに気がついてから、
「いや本当にRedmine面白いんすよ」などと、
興奮気味に、やや瞳孔が開きながら、推していたと思う。

何故、僕の好きなものはRedmineという分かりにくいものなのだろうか。

しかも、急に好きになった。ここ1年くらいの話だ。

Macと違ってRedmineはオープンソースだから、個人で買うことは出来ないし、多分そんなに意味はない。
つまり、お金という分かりやすい価値に換算が出来ない。

その分、自分の人生においてRedmineの事を考える時間は自然と増えたし、たまの土日にユーザー会に参加しては、
議論に花を咲かせたり、ボケに草を生やしたりと楽しく過ごしている。

・・・たったの1年で、どうしてこうなってしまったんだろう、と思う時はある。

2019年、僕はLTなんてした事が無かった。
企業主催のセミナーには参加した事があるが、ユーザー主催者の勉強会に参加した事も無かった。

ところが、ある日の出来事を境に状況が変わった。

2020年はLTを4回して、そのうち3回はお声がけ頂いたものだった。

しかも、Rubyの開発者まつもとゆきひろさん、あの「カイゼンジャーニー」の著者、市谷さんと名前を並べるようなイベントに名を連ねて講演をすることになった。(ハンドルネームだけど)

さらに、この一年の間で、ある2つのロゴを作り 、Redmineに関するSlackのワークスペースを主催しはじめた。

明らかに、今までと違う一年になった。
楽しいことが一つ増えた。

ただ、それは結果の話だ。

重要なのは、何故。
どうしてこうなってしまったのか?と言う話だ。

まず、2つハッキリしている事がある。

1つは、僕は特別な体験をしているが、僕は特別ではないと言う事。
特別なのは、プロダクトであり、場であり、先輩や友達達である。

決して、憲兵さんあいつらですと突き出したい訳ではないので、そこは誤解しないで頂きたい。
長く続く熱意に触れられた事を、僕は得難いものだと思っている。

2つめは・・・残念ながら、この話はとても長いという事だ。

この記事は、もともと今年一年の活動をまとめる記事として書き始めたのだが、そこに至った経緯を書き始めたら、量が、ちょっと多かった。

あまりにも長いので、前後編に分けている。

果たして、この話が面白いと思ってもらえるかは分からない。

でもまぁほら、年末だし。
手が空いたら、読んでいただけると嬉しい。

- 4000日

はっきり言って、僕はRedmineというプロダクトを全く好きではなかった。
それどころか、ほぼ嫌悪していた。

Redmineを知ったのは、カゲマイというBTSをリプレースするに際して、「最近良さそうなプロダクト」としてRedmineの名前が上がってきた事が直接のきっかけだ。
2010年か11年くらいの事だったと思うが、「Backlogじゃダメなんですかね?」くらいの事は当時言っていたと思う。

僕は発注側のシステム担当だから、ITSは業者が用意するものだと思っていたのもあるし、
ツールは業者が使いやすいものに合わせるのが発注側としては親切なんだろう、くらいの気持ちがあった。

まぁ開発会社側では最近導入事例もあって慣れているという話もあり、そんなに使いやすいなら、と、
システム管理者権限の存在を知らず、普通のユーザーとしてRedmineを使う事になったのだが。

それから数年間、自分の「いやー、騙されたなぁ。Backlogの方が絶対使いやすいじゃん・・・」という思いは全く変わらなかった。

だから、Redmineをどうにかしたいというのは、別のツールに乗り換えたいと同義だったが、
Backlogに乗り換えたいという思いを、溜まっていくチケットという資産が抑制し続けた。

ツールの使い方が悪い、という想像はあまりしなかった。
ツールが悪いだろう、という事をずっと思い込んでいた。

しかし、ツールの良し悪しは開発全体のタスクの中では最もプライオリティが低い話でしかなく、顧客のために自分達のプロダクトを前進させる事が、何よりも優先されていった。

- 810日

随分と時間が経って、いくつかの変化があった。

まず、事業は順調以上に成長した。
別の開発会社に別のプロダクトを発注管理するようになってきた。
プロダクトごとに開発会社にITSの管理をお任せしているのであれば、
当然ITSは分断し、組織内の作業量の可視化は、されなくていい状態で推移していた。
同じチームに個人事業主がたくさんいる。そんな感じだった。

自分も、管理職になって戻ってきた。

一年ほど、その派生プロダクトの拡大を担当する立場で管理職になったため、少し離れていた。

すっかり卒業したと思っていた場所は、
全く褒められた事ではないが中堅メンバーの自分がいなくなった事がトリガーで急激に増員して、色々とバランスが悪くなっていた。

チームにいる人達が個人事業主の集まりであれば、そもそも組織としてチームである必要がないし、結果的に自分が戻ってきてしまったのも、それが原因だ。

だって隣の人が何をやっているのか本当に分からないし、それで良くて、やっぱり良くなかったのだ。
この当たり前を変えないといけない、と言う所からの再出発だった。

上席もお隣さんも含めた部内全員の面談を実施し、課題はハッキリした。

1.組織の急拡大により、中間層がいない。管理職とメンバーが二極化していて、新規メンバーの戦力化にとにかく時間がかかり、場合によっては戦力化出来ない。
2.他の人のタスクがイマイチ見えない。

この時、喫緊の課題は1であり、打ち手としてはクローズドなWikiの導入と啓蒙を行った。これは結果的に生産性を劇的に上げ、一方で今日に至るまでRedmineのWikiを誰も使わない理由にもなった。

タスク管理ツールについては、正直打ち手が分からなかった。

まずは純粋なかんばん形式のツールを導入してみた。
気軽に登録できる事を念頭に導入をしたのだが、
締め切りやメンバー内での課題を管理する分には良かった。

だが、根本的に別の場所で業務依頼や進捗管理が発生しているなら、タスクの二重管理にしかならず、これでは可視化するための現場負荷が高すぎるという事が分かった。

-630日

2018年の春になっても、タスク管理はどうも上手くいかないままだった。
そんな時、春のJapan IT Weekで見つけたのが、LycheeRedmineというプロダクトだった。

「こんなに使いにくいRedmineを、ここまで素敵に出来るのか・・・!」

特に、工数リソース管理機能のデモ画像は、まさに求めているようなものにも見えた。

勿論予算など取っていないが、基盤になるRedmineなら社内リソースで用意が可能なので、いずれはライチを入れる事を視野に入れつつ、まずは統合を目指すRedmineをこの時に用意をしてはいた。

-540日

色々な事が重なり、自分の所属する部の管理職が自分しかいなくなってしまった。
しかもそれが、沢山の問題を抱えた製品リニューアルの直後に起きた。

心境的には、タスク管理なんて本当にどうでも良くなっていた。

その前までは企画的に業務改善をしていたのだから、当然知らない事もあるし、突然いなくなった人に俗人化していた重要な業務を徒手空拳でやらざるをえない状況になった。

夜の21時半に、その日の22時以降は外出するので対応が出来ないとスケジュールを入れるような状況・・・といえば、大体伝わるだろうか。

一方で、課題の優先度が変わっただけで、ダメなもんは今も駄目なままで、課としては非常識な人数を抱えている。
それでも何かを変えないとダメなんだとすると、
春先に見つけたLycheeRedmineの工数リソース管理が必要な気がする。

そう思って、営業さんに来てもらって、動く画面を見て、
僕には酸素ボンベがロープウェーのように見えた。

本当に使いづらさしか感じないRedmineを、
使いやすくするものを買う・・・。
僕はそう思っていた。

ただ実際には、そんな都合の良いものでは無かった。
作業時間機能を使わないのに、理想が突然手に入る事はない。
そんなこともわかっていなかった。

そしてその商談の時、「来月にユーザー会があるので是非ご参加下さい」という案内を受けた。

何かのセミナーのようなものだろうか?
何より懇親会が無料のようだし・・・まぁ行ってみようかしら。
ただただ、そんな気持ちだった。

-515日

八重洲で開催されたLycheeUG 第3回目に出席した。確か8月の頃だったと思う。

ユーザー事例で色々な話を聞いたのだが。
何というか、「ここで喋っている人達って・・・もしかして、Redmineが好きなの・・・!?」という事に、まず衝撃を受けた。

僕の想定では、まずRedmineというのは使いにくいものだから、Lycheeのユーザー会というのは、
要するに「Redmine被害者の会」みたいなものなはずで、ライチをこんな風に活用したんだ、
だからライチがないとやってらんないよね!
という感じの会かと思っていた。

しかし、まずRedmineあってのLycheeである。
登壇者の人は、堂々と、そして楽しそうに登壇発表をして、そう伝えていた。

帽子を被った人はアンチパターンのお話をしていた。
僕は、使い方すら分からない。

あの女性の人は、会社の改革を成し遂げた事を、緊張した面持ちだけど、どこか誇らしそうに語っていた。
僕は、ライチを買えばいいんだと思っていた。
だから、何から始めていいのかすら、さっき分からなくなった。

場違いな所に来てしまった、という思いは、
居酒屋の懇親会の席でより一層明らかになった。
どんな思いを持っていても、お腹は減るのだ。

僕は昔から懇親会で席を移動しないタイプなのだが、二つ隣の島では、今日の登壇者達が楽しそうに歓談をして写真撮影などに興じていた。

いや、本当に話すことが何も無かった。

だって、クソなプロダクトと思って来ていたんだもの。
眩しいなぁ、と思って、ご飯を一生懸命食べていた。

しばらくすると、近くに座っていた女性とお話する機会を頂いた。

「いやぁもう皆さん本当に凄いっすね、僕なんか使い方すら分からないのに、あの帽子の人のお話はアンチパターンのお話で、ハハハ」みたいな事を言った記憶がある。

その時、「あの帽子の人は、Redmineエバンジェリストとして、とても熱心に活動している」という事を教えて貰った。

エバンジェリストというのは、手元のスマホでググってみると「福音伝道者」という意味なのだそうだ。
それがどういう制度なのかはよく分からないのだが、何らかのガチ勢であることは理解した。

そしてガチ勢がいるという事は、人が心底惚れ込むだけの魅力がRedmineというプロダクトには確かにあるという事だ。

だけど、その魅力が僕には少しも分からない。
悔しさと恥ずかしさ。
そんなものを抱えて帰路についた。

-150日

それから、1年が経った。
職場では、課は相変わらず1つのままで、居なくなった管理職が戻ってくる事はなかった。
幸いな事に、違う事業部から実績のある人が上司としてやって来て、色々なものが整理されてきた。

そして落ち着き始めた頃合いに、
プレイヤーとしての比率を抑えよう、という話が当然来た。

タスク管理ツールの整理改善の実務そのものは、メンバーに種々お願いをする事になった。
だけど、「これは本当に楽しい」と目を輝かせるような人は、残念ながら、なかなか出てこなかった。

-90日

転機になったのは、いよいよ課が分離する、という出来事だった。
メインプロダクトは別の人が新任の管理職として、僕はそれ以外のプロダクトを担当する事になった。

ある意味ずっと望んでいた形ではあった。
だけど、キャパオーバーからの課長誕生の流れなので、問題自体は特に変わっていない。

だから、Redmineを使って、新任課長が仕事の遂行に必要だと言うものを、全て設定する事で後方支援に徹しようという事に思いが至った。

自分達にとって、プロジェクトはどの粒度が丁度いいか。
タスクの構造はどうなっているか。
誰がどのタイミングで何をして欲しいか。
その時、どのような情報が必要か。

何を変えたいと思っているかを聞き、それを設定で表現した。
時には、経験則から自分も案を提案し、設定に溶かして行った。

それを自分の手で、とにかく繰り返していくという時間だった。

設定が足りていないことなど日常茶飯事だった。
思わぬところに影響が出たことも沢山あった。

ただ、段々と作業が頭に入ってきて、
この業務とあの業務は似ているな、
違うところはどこだろう、
ならこういう設定が必要なのか・・・?あれ?

そんな行ったり来たりの日々が続いた。

ただ、ツール自体は間違ってないはずだ。
じゃなきゃ、Redmineエバンジェリストなんて存在しない。

そんな事を思いながら、没頭する日々が続いた。

- 41日

そして、その日は突然来た。

その日も、Redmineの設定依頼を朝からこなす日だった。

ただその日は、
依頼された内容を改めて読み返した時に、
自分がRedmineで何をしなければならないかの手順を、全て頭の中で思い浮かべる事が出来た。

まだ歪ながら、頭の中でRedmineが動いたことを実感した。
自分が担当しているシステムと同じ感覚を、Redmineで感じる事が出来た。

そう思った瞬間に、もうRedmineを写すディスプレイの画面は自分の視界で風景の一部になりはじめた。

僕の視界の中にある、ボタンを押したら水が出るウォータサーバーと、画面にうつるRedmineは、理解しているものとして同列になろうとしている。
もはや認知的不協和を伝えるRedmineの特別なシグナルはどんどんと小さくなり、そして静かに消え失せていった。

そして、僕は急いでトイレに駆け込んだ。
この感覚があまりに久しぶりで、忘れたくなかったのと、
この感覚が分かる人がRedmineの特性上、社内にはいない事は理解出来て、ほぼメモ代わりにしか使ってないTwitterで、こんな風につぶやいた。

いいねが2つ付いた。
僕のタイムラインにもいいねが実装されていることを久々に思い出した。

そのうちの1人が、かつて参加したLycheeユーザー会で登壇をされていた前田剛さんだった。
懇親会の終わり際、何となく挨拶をして、島根なんですね、と当たり障りの無いお話をした事はよく覚えているのだけど、
多分あちらは僕の事なんて個別に認識していないだろう。

でも、僕にはこのいいねが、「そうそう、それでいいんです」と、あの柔和な笑顔で言ってくれるような気がした。

一年前のユーザー会と今日が、まだ繋がっている。
そんな事を思った。

- 17日

Redmineに関する業務は格段に楽になり、手間が減って手応えが残るようになってきたので、当然、楽しくなり始めた。

しかし、Redmineが分かったと言える状態にはなったとはいえ、何が揃ったからこうなったのかは、よくわからなかった。

実務で手を動かしながら点検をしていく中で、恐らくこの要素だろう、という仮説が出たので、また呟いてみることにした。

今度は、いいねが7つもついた。

自分の体感では、7いいねという数字は、
なんでこんなに、いいねがつくのか分からないレベルの数値だ。
・・・何が起きているのかよく分からなかったので、改めて実感のようなものをつぶやいてみた。

今度は、10ものいいねがついた。
僕が掴んだものは、間違っていないのかも知れない。
・・・なら、本当に記事に書いてみよう、と思えた。

社内では専門職ではあるが、それは事業会社の話であって、
技術的な事を浅学で語るということは非常に抵抗があった。

でも本来、Redmineは技術者だけのものではないはずで、
そのツールを支える技術の上で、
分かりやすい話や、運用的な話がもっとあったっていい。

少なくとも僕が掴んだ手応えは、それを肯定していたし、僕にとっては沢山のいいねが背中を押してくれた。

まずは、僕が読みたいと思っていたものを書いてみよう。
そんな風に思いながら文章を書いていった。

0日

そして、この記事を公開した。

この記事は一年前の記事なのだけど、不思議な記事で、noteのカウントを見る限り、読む人が毎月どんどん増えている。

リファラーとか見えないので導線はよく分からないのだけども、
1年前、この記事を書き上げ、Twitterで報告をしたのは子供が寝た後の夜中の事だ。

何とか最後まで読んでもらう事を意識して、何度も何日も推敲して、文章には納得が出来たけど、
でもこれが技術の話として正しいのかは本当に分からなかった。

寝床に入ってモヤモヤとしながら30分が経過した頃、こんなコメントを貰った。

・・・あぁ・・・大丈夫かも知れない。
ありがとう・・・。見知らぬサイトウさん・・・。

そんな事を思いながら安心して、お礼の文章を考える気力もなく、その日は安心して、力尽きて寝た。

後編につづきます。


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ゆきあ
マジック・ザ・ギャザリングが好きな、某求人広告会社の社内SEです。 最近はRedmineに夢中になっています。